WBCSDの「削減貢献量に関するガイダンス」の特徴と信頼性確保の考え方
Dr. Marvin Henry, Director, Climate Action, WBCSD
一般社団法人LCA推進機構 理事長 稲葉 敦
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当コラムはDr. Marvin Henry(WBCSD気候行動チームディレクター)の原稿(グリーン購入ネットワーク(GPN)の会員向けコラム)の一部について、承諾を得て、稲葉敦(一般社団法人LCA推進機構 理事長)が整理し、従来の削減貢献量のガイドライン(主に経済産業省、LCA学会)との比較コメントを追加したものです(追加したコメントは斜字にしています)。 |
Ⅰ.WBCSDの「削減貢献量に関するガイダンス」の目的
WBCSDの「削減貢献量に関するガイダンス」は、2023年に初版が公表され、2025年に改訂されました。このガイダンスは、気候への影響を信頼性高く、かつ比較可能な形で評価するための、慎重(過剰な主張にならない)で調和のとれた信頼性のあるアプローチを普及させることを目的としています。同時に、気候変動対策としての過大評価やグリーンウォッシュを防ぐことも意図しています。このガイダンスには、いくつかの戦略的な目的があります。
1.評価方法と情報開示の共通化
これまで、ソリューション(製品開発やシステムの変更等)による削減貢献量の推計方法には大きなばらつきがありました。WBCSDのガイダンスは、評価が科学的根拠に基づき、慎重(例:実際の排出量から削減貢献量を減算しないこと)で、かつ企業間・業界間で比較可能なものとなるよう、一貫した枠組みと適格性基準を示しています。
2.資本および資源の活用
削減貢献量は、ソリューションがもたらす将来の排出影響を定量化することにより、投資家や金融機関が、最も大きな脱炭素効果を持つ技術や事業モデルを見極め、そこに資本を配分するうえで役立ちます。また、連結・集計に関するガイダンスは、事業体レベルで削減貢献量を開示するうえでも役立ちます。金融または資本を活用する視点は、低炭素イノベーションを促し、社会全体の変革に必要な資金を動かすうえで、ますます重要になっています。
3.低炭素の取組の比較
削減貢献量の指標を用いることで、様々な気候変動対策のより確かな比較が可能になります。これにより、企業や政策立案者は、気候面で最も大きな価値を持つ取組を優先しやすくなります。これは、効果の高い低炭素を目指す市場を世界的に拡大していくうえで重要な一歩です。
日本LCA学会の削減貢献量のガイダンス(2015年発行、2022年改訂)及び経済産業省ガイドライン(2015年発行)は、新しく開発されたまたは開発される製品の従来製品と比較した「削減貢献量」を算定する方法を示していますが、多数の製品の「削減貢献量」を比較することを意識していません。このWBCSDのガイダンスの特徴の一つは、多数ある製品すなわち気候変動対策を比べて最も効果のある対策を選択することを勧めていることです。しかも、その選択された対策に資金を投じて、低炭素を目指す市場を拡大することが必要と述べています。
Ⅱ.削減貢献量の算定方法:5ステップ・アプローチ
WBCSDのガイダンスは、透明性、慎重性(過剰な主張にならない)、科学的整合性を重視した次の5ステップ・アプローチにより、削減貢献量を算定するための堅牢な方法論を詳しく示しています。これらのステップは、その対策がない場合の最も可能性が高い選択肢と比較した場合に、そのソリューションが回避する削減貢献量を、一貫性と信頼性をもって定量化することを可能にします。
ステップ1:評価期間を定める
まず、削減貢献量を算定する評価期間を定めます。これは単年度ベースの場合もあれば、将来予測を含む場合もあり、ソリューションがどのように利用されるか、また排出削減の効果がどの期間に生じるかに合わせて設定する必要があります。
ステップ2:基準シナリオを設定する
削減貢献量を算定するうえで重要なのは、ベースラインを設定することです。これは、低炭素ソリューションに比べると高排出の可能性が高い代替手段を指します。このベースラインは、そのソリューションが導入されなかった場合に最も起こり得る状況を反映していなければなりません。
ステップ3:ライフサイクル温室効果ガス排出量を評価する
低炭素ソリューションとベースラインの双方について、ライフサイクル全体にわたる温室効果ガス排出量を評価します。これにより、上流、運用、下流の影響を含む包括的な評価が可能になります。
ステップ4:排出量の差を算定する
削減貢献量は、ソリューションのライフサイクル温室効果ガス排出量とベースラインの排出量との差として定量化されます。通常は、機能単位当たりのt-CO2eで表されます(例:1キロメートル当たり、または生産量1単位当たりなど)。
ステップ5:貢献の妥当性を確認する
最後のステップでは、そのソリューションによる貢献が適格性基準を満たし、排出回避に正当に寄与していることを確認します。その後、必要に応じて、バリューチェーン全体またはポートフォリオ全体での連結を行います。
また、このガイダンスには、「企業レベルおよびバリューチェーン評価」ステップが含まれていますが、その実施は任意であって必須ではありません。ここには、配分(バリューチェーン)、集計(ポートフォリオ)、連結(事業体)に関する指針が示されています。ただし、削減貢献量の影響を正確かつ一貫して配分・集計・連結するうえで、現時点では方法論、データ、整合性の面に限界があることから、この部分は中核となる評価ガイダンスとは分けて整理されています。
この方法論は、透明性、正確性、関連性、完全性、一貫性、保守性という中核原則を基盤としています。これらは、削減貢献量の推計を信頼性が高く、意思決定にとって意味のあるものとするためのガードレール(制約条件)となっています。
日本LCA学会の削減貢献量のガイダンス(2015年発行、2022年改訂)及び経済産業省ガイドライン(2015年発行)は、製品の「削減貢献量」を算定する方法を示していますが、企業全体の「削減貢献量」の算定には至っていません。通常、企業は複数の製品を製造しているので、それらの製品の削減貢献量の和が企業全体の削減貢献量になると考えることができます。このWBCSDのガイダンスは、企業のポートフォリオを対象として複数の製品の削減貢献量、さらには企業全体の削減貢献量を算定するための手掛かりになる方法を示しています。しかし、企業が生産する製品が素材や部品である場合に、最終製品の削減貢献量を素材や部品に割当る方法(寄与率)の算定など困難さがあることを説明しています。
Ⅲ.信頼性の確保:適格性基準
誤用やインパクトの過大評価を防ぐため、WBCSDのガイダンスには厳格な適格性基準と開示原則が含まれており、企業が削減貢献量を主張する前に確認すべき必須事項となっています。
①企業の気候戦略との整合
企業は、最新の科学に整合した信頼性のある気候戦略を示さなければなりません。これには、堅牢なGHGインベントリの測定、透明な情報開示、さらに科学と整合した排出削減目標が含まれます。
②ソリューションの削減ポテンシャル
対象となるソリューションには、実証可能な排出削減ポテンシャルがあり、主として自社の排出インベントリの範囲外での排出削減に対して、直接的かつ重要な効果を持つことが求められます。
③ソリューションによる貢献の適格性
算定対象として認められるのは、ベースラインと比較して、そのソリューションの導入と利用によって回避された排出量だけです。これにより、その気候変動対策としての主張が、恣意的または実質性の乏しい仮定ではなく、実際の脱炭素化への貢献を反映したものとなります。
これらの適格性基準に加えて、WBCSDは、前提条件が大きく変化した場合(例えば、技術や市場の変化など)にはベースラインを再設定すること、また、方法論、仮定、データソース、および第三者検証が行われたかどうかを透明に文書化する厳格な情報開示原則を推奨しています。これにより、ステークホルダーは、削減貢献量に関する主張の堅牢性を評価し、ソリューション間や企業間で結果を比較することができます。
このWBCSDのガイダンスは、「削減貢献量」を算定する企業の条件を「適格性基準」として示しています。削減貢献量が大きい製品だけを開示し、削減貢献がない製品を隠しているという批判に対するために、①で企業全体の気候変動対策を明確にすることを求めています。また②では社会に対して削減貢献が小さい製品を過大に言わないことを求め、③では削減貢献量はベースラインと比較した仮想的な数値にすぎないことを改めて警告しています。
また、ここには明確には示されていませんが、「対象製品が化石燃料の採掘や輸送に直接係わる製品やシステム」ではないことを条件にしています。脱化石燃料を目指すことが背景になっています。
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