非財務情報の開示及び信頼性に関する施策について

 

環境省 総合環境政策局

課長補佐 公認会計士 齋藤 英亜

 

【はじめに】

 2010年代前半は、統合報告フレームワークやGRI.G4の公表に代表されるよう、サスティナビリティ情報開示の新たな方向性が示された。そして2010年代後半になると、〝非財務情報源″の性格が鮮明となり、昨今話題となっているESG投融資等の重要な情報源となっている。

 

 こうした流れの中、各国は非財務開示基準のデファクトを獲得すべく、様々な取り組みを行っている。今回はこうした世界の流れと日本の現状に触れつつ、我が国の非財務情報の開示及び信頼性に関する施策の方向性について述べてみたい。

 

 なお、今度の方向性を確約するものでなないこと、及び私見に基づくものであることを申し添えておく。

 

【非財務情報への世界のスタンス】

 EUは2014年10月会計指令を改定し、非財務情報の開示義務化に踏み切った。この改定で特筆すべきは、法定監査人又は監査事務所の監査を要求していることである(指令第34条)。猶予期間が終わる来年2017年から、上場企業等を中心に各国が実務対応を行う予定で、今後もEUはこの分野の先駆者として注目を浴びるだろう。

 

 一方、こうした流れに後ろ向きと思われた米国だが、昨年10月、企業年金や福利厚生制度に関する連邦法、従業員退職所得保障法(通称ERISA法)、を所管する労働省が解釈を変更し、受益者の利益を損なわない限りESG要因を考慮に入れてよいとした。この解釈変更は画期的で、今後のSASBやSECの動向に目が離せない。

 

 各国の証券取引所もESGマネーを誘導すべく、非財務情報の開示に前向きだ。台湾証券取引所が昨年2015年2月にCSR報告の義務化を決定し、マレーシア証券取引所、シンガポール証券取引所もESG情報の開示義務化を計画している。日本と同じ経度の証券市場が次々とESGマネーの呼び込みに取組んでいる中、日本の証券市場はその魅力をどう対処するか、環境・社会益のみならず、経済益、ひいては国益すら占う状況になっている。

 

【我が国の非財務情報は3極化の岐路?】

 世界がESGマネーの流入を促進すべく、非財務情報の開示義務化や信頼性担保といった策を戦略的に次々と講じているなかで、正直日本は遅れていると言わざるを得ない。こう述べると、日本も直ちに義務化すべしと思われるかも知れないが、非財務情報を巡る実務が余りにも未熟であり、様々な課題を整理・検討することが重用だと考えている。

 

 まずはフェアディスクロージャー・ルールの存在である。今後、財務情報と同列に語るならば、財務情報の厳しい開示ルールに配慮しなければならない。環境・CSR部がこうしたルールも配慮しつつ非財務情報を作成・開示し、IR部等と協力して投資家と対話を進める体制が必要不可欠となる。

 

 次に、企業と投資家間にある情報の非対称性に配慮できるかだ。従来のCSRレポート等は、開示する企業にとって「いいとこだけ」を発信している報告書が散見される。投資家は、Bad news is good news.と考えており、バウンダリや保証の問題も含め、投資家が望む情報を客観的に提供できる体制を企業は構築しなければならない。

 

 他方で、情報のボイラー化(紋切り型のひな形開示)は何としてでも避けなければならない。我が国の非財務情報への期待は、幾重の規制でボイラー化した財務情報に対する投資家の〝飽き“が背景にある。にもかかわらず、IR部等と接触する過程で非財務情報がボイラー化するならば、誰も見向きもしない情報になり兼ねない。

 

 更には、失われる開示基準という問題もある。GRIは今年〝基準“化した。この意味するところは、より厳格に準拠することを求めることではないかと予想している。現状、GRIを「参考」にCSRレポート等を作成している企業は多数あり、今後難しい対応を迫られるのではないかと懸念している。またCDPはアンケートに回答する企業からも有料化を開始しており(日本は現時点で無料)、日本でも有料化が始まれば、不参加や離脱が発生しないかと懸念している。そしてこうした基準に準拠しない独自情報が、投資情報としてどこまで利用されるかは甚だ疑問である。

 

 係る状況下で、日本企業の非財務情報は3つの岐路に立っていると思っている。即ち、①進化、②退化、③ガラパゴス化である。

 

【今後の施策の方向性について】

 政府としてもこうした動きを決して静観している訳ではなく、様々な取組を行っている。環境省も、環境情報開示基盤整備事業*1を行っており、企業と投資家の対話支援や企業の非財務情報開示の進化を後押ししている。また、環境報告ガイドライン・環境会計ガイドラインの改定も新たに着手する。新ガイドラインは、経営から紐づけた重要事項に対して戦略的説明を求めるものとなるだろう。当然、世界のデファクト化した開示基準等も参考にし、企業と閲覧者の費用対効果にも配慮する。

 

 我が国企業のGHG排出量削減の長期戦略(10年程度)の策定割合は、僅か1割という寒々しいデータもある*2。日本企業の情報開示は網羅性と量に長けているが、戦略性を伴った質の高い情報開示は苦手という傾向が続いている。様々な課題があることは承知だが、量から質へ情報戦略の転換を行うべき時期がもうそこまで迫っている。

 

 この変化の先駆者となるか後追いとなるかで、数年後の企業価値は如何様にも変わっているだろうと、筆者は考えている。

 

 

*1 環境情報開示基盤整備事業ポータルサイト https://www.envreport.go.jp/portal.html     

*2 環境にやさしい企業行動調査(平成28年3月公表) http://www.env.go.jp/policy/j-hiroba/kigyo/