ISOの新たな動き:環境と金融に関する国際標準規格の発行

 

工学院大学

先進工学部環境化学科

教授 稲葉 敦

 

1.はじめに

 

 1993年にISO/TC207(環境マネジメント)が設立されて以来、環境に関する企業の活動はこのTCが発行する国際標準規格に準拠してきた。PDCAサイクルとして知られるISO14001(2015)や環境ラベルに関するISO14020(2000)、並びに私が長年関与してきたライフサイクルアセスメント(LCA)に関するISO-14040(2006)・ISO14040(2006)などである。

 

 最近TC207の中で、金融に関する国際標準規格を発行する活動が盛んになっている。たとえば、ISO14097(気候ファイナンス)が2016年末に始まり、ISO14030(グリーンボンド)が2019年に始まった。また、ISO14008(環境影響及び関連環境側面の貨幣的評価)が既に2019年3月に発行されており、これと対になるISO14007(環境コスト及び便益)が今年中に発行される見通しとなっている。さらに、昨年(2018年)にTC322(サステイナブルファイナンス)が新たに設立された。

 

 これらの動きは、2015年にパリ協定やSDGsが背景となっていることは明らかである。金融機関が新たな開発プロジェクトを支援する時に考慮する事項、並びに、企業の環境活動を支援するために考慮する事項を明確にするということがISOで議論されるようになったと理解できる。

 

 

2.ISO14030(グリーンボンド)とISO14097(気候ファイナンス)

 

 新たな開発プロジェクトを支援するISO14030(グリーンボンド)は中国の提案で始まった。中国政府の「一帯一路」の政策を推進するためという穿った見方がある。この新規格は、パリ協定を主導したフランスによって提案された金融業の気候変動に係る融資・投資に関するISO14097(気候ファイナンス)と重複する点が多いことが提案時から指摘されている。

 

 ISO14097(気候ファイナンス)は温室効果ガス(GHG)に関する国際標準規格を発行する分科会(SC7)で扱われ、ISO14030(グリーンボンド)はSC4で議論されている。SC7の活動がGHGに関することに特化されているために、具体的な活動の方法が同じであっても、GHGも含めたグリーンな活動は他のSCで扱う(扱える)ことが新たな規格を提案する理由の一つになっている。製品のカーボンフットプリント(ISO14064(2018))がその具体的な方法はLCAの国際標準規格であるISO14044(2006)であるにも関わらず、GHGに特化する規格としてSC7で発行されたのと似ている。

 

 

3.ISO以外の動き

 

 金融業が企業に投融資する際に非財務情報の開示を求める動きは、既にISOの外で活発になっている。良く知られたSCOPE3はGHGに特化した企業の排出量の開示だが、GHGの削減を進めるScience Based Target(SBT)イニシアチブの活動があり、さらに金融安定理事会(FSB)による気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)が、財務に影響のある気候関連情報の開示を推奨している。

 

 そのうえ、気候変動に限定しない環境活動の開示も活発になっている。CDPはSCOPE3に加え水の消費量の開示も求め、自然資本連合(Natural Captal Coallition)は水や森林も含めた自然資本全体の使用を考慮している。本年(2019年)、EUは金融商品を扱う金融機関が使うことを目的に、産業別の環境活動の基準をタクソノミーとして公開しパブコメを実施した。たとえば、運輸部門においては燃料電池自動車と電気自動車が基準に合致しているとされている。これらの動きはSDGsと密接に関連している。

 

 

4.TC322(サステイナブルファイナンス)の設置

 

 話をISOに戻すと、イギリス提案で昨年設置されたTC322(サステイナブルファイナンス)は、企業のESG活動に関する国際標準規格の発行を目的とすることが明示されており、上記のタクソノミーの考え方に一致している。冒頭に述べたISO14008(環境影響及び関連環境側面の貨幣的評価)とISO14007(環境コスト及び便益)が同じくイギリスから提案されていることを考えると、イギリスは金融機関によるESG活動の評価を目指し、特に環境については気候変動に限定せずに、様々な環境影響を金銭価値に換算することで非財務情報を財務情報と融合することを目指していると思われる。

 

 

5.我が国の動き

 

 金融機関による企業の環境活動の評価が行われるようになると、企業が環境活動を積極的に訴求しようとするのは当然のことである。昨年(2018年)3月に経済産業省が「温室効果ガス削減貢献量ガイドライン」を発行した*1)。企業が生産する製品によるGHG排出量の削減をアピールすることを目的としている。パリ協定の下で、GHGの排出削減量を訴求したい企業は日本だけにとどまらない。昨年(2018年)末のCOP24で経済産業省と経団連が「温室効果ガス削減貢献量」のサイドイベントを行った*2)。著者も参加したが、参加者におおむね好評であったと思う。この「削減貢献量」の算定は、現在は製品のGHGに限定されているが、企業全体を対象とした多様な環境影響の削減に拡張することが、日本LCA学会の「環境負荷削減貢献量研究会」で議論されている*2)。

 

 

6.おわりに

 

 本年(2019年)6月のTC207の年次総会(ベルリン)で、SC5がフランスと日本の提案により「環境影響の削減貢献」に関するワークショップが開催された。同時にSC7はイギリス主導でGHGのゼロエミッションを目指す「カーボンニュートラリティ」のワークショップを行った。これらが今後のISOを議論する場になっている。

 

 年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が、2017年10月に「全ての資産で『ESG』の要素を考慮した投資を進めていく」と表明したこともあって、企業の非財務情報の開示は、いまや当然のことになりつつある。その具体的な方法(ツール)がISOで発行されて行くことになると思われる。今後のISOの活動を注視したい。

 

 

★1 経済産業省,2018年3月,<https://www.meti.go.jp/press/2017/03/20180330002/20180330002-1.pdf>
★2

稲葉敦ら講演と討論会「温室効果ガスの削減貢献量」の報告,日本LCA学会誌, Vol.15 No.2 April 2019, 216-219,

<https://www.jstage.jst.go.jp/article/lca/15/2/15_211/_pdf/-char/ja>