GHGプロトコル改定の論点―スコープ2排出量算定の厳格化はどこまで進むのか

 

みずほ総合研究所

サステナビリティコンサルティング部

マネジャー  角 潤幸

みずほ総合研究所はみずほ銀行内の組織の名称です

 

 1.GHGプロトコルの改定の概要

 

 GHGプロトコルは、世界各国で広く用いられる企業(組織)の温室効果ガス排出量算定・報告の基準群として知られる。いま、このGHGプロトコルの各基準文書に対して、大規模な改定作業が行われている。

 

 そもそもGHGプロトコルは、組織の排出量算定・報告の枠組みを、次の3文書で規定する。第一が、スコープ1・2・3という区分を導入し、組織境界の設定方法など、排出量算定・報告の基本的な枠組みを定める「コーポレートスタンダード(2004年)」。第二が、購入した電力・熱・蒸気等の使用に伴う間接排出であるスコープ2の詳細な算定方法を定める「スコープ2ガイダンス」。第三が、スコープ1・2以外のバリューチェーン排出量の算定方法を詳述した「スコープ3スタンダード」である。

 

 今回の改定では、これら既存3文書の全てが見直される。これだけでも過去になかった大規模改定であるが、これらに加え、炭素クレジットの購入など企業の行動(Action)のインパクトや、証書などの市場手段(Market Instruments)の算定・報告方法をスコープ横断で規定するAMI(Actions and Market Instruments)スタンダードという新文書の開発も行われる。GHGプロトコルは、まさに総書き換えされようとしていると言える。

 

 なお、改定のスケジュールとしては、既存の3文書の改定については2027年中、新たに開発されるAMIスタンダードについては2028年中の最終化が予定されている。

 

 (出所)GHGプロトコル「Standards Development and Governance Repository」等よりみずほ総合研究所作成(資料確認日は2026年5月8日)

 

 

2.スコープ2ガイダンスの改定

 

スコープ2排出量は、外部から購入した電力・熱・蒸気等の使用に伴う間接排出を対象とし、再生可能エネルギー電力(以下、再エネ)調達と密接に関係している。

 

スコープ2ガイダンスの改定は、他のスタンダード・ガイダンスに先駆けて進行し、202510月~20261月に改定ドラフトに対する1回目のパブリックコンサルテーションが行われた。

 

現行ガイダンスでは、系統全体の平均的な排出係数等を用いて算定するロケーションベース手法、契約や電力証書を通じて特定の電源と電力消費を結び付けるマーケットベース手法の二元報告が求められている。特にマーケットベース手法は、企業が自主的に行う再エネ調達の取り組みを排出量算定に反映できる点が特徴である。

 

 

今回の改定では、このロケーションベース手法とマーケットベース手法の双方が見直し対象となって話題を集めた。本稿では、改定論点の多いマーケットベース手法に関する改定案を中心に紹介する。

 

 (出所)GHGプロトコル「Scope 2 Guidance」等よりみずほ総合研究所作成

 

2.1 マーケットベース手法の改定①:1時間同時同量

現行ガイダンスでは、企業が再エネを購入・使用する際は、その年に発電された再エネをその年に使うこと、つまり年単位での一致(yearly matching)が認められている。逆に言えば、年単位で一致が保証されれば、電力を消費したタイミングと発電のタイミングがずれていても、問題とされない。数か月前に太陽光で発電された電力の属性を証書という形で調達し、数か月後の電力消費にあてがうことも認められる。

 

ところが今回の改定案では ある属性の電力(例えば再エネ)を調達したと主張するには、発電時間と消費時間が1時間単位で一致(hourly matching)することを求める案が示された。例えば、証書で再エネを調達する場合は、消費時点から1 時間以内に発電された電力に由来する証書でなければ使用が認められないことになる。この改定案が実現すると、夜間の電力に対して使用できる証書は、夜も発電している風力・水力発電由来の証書に限られ、昼間にしか発電していない太陽光由来の証書は適用することができなくなるなどの影響がでてくる。さらに、これまで年単位でマッチングしていたものを1時間単位で行うことになるため、24時間×365日=8,760コマ分のマッチングが必要となり、算定実務への負荷が増すことも想定される。

 

2.2 マーケットベース手法の改定②:供給可能性

 加えて、今回の改定案では、ある属性(例えば再エネ)を調達したと主張できる条件として、発電と消費が同一市場内でなされなければならないことを厳格に求める。実は、発電と消費が同一市場内でなければならないとの規定は、現行ガイダンスにも存在する。

 

 現行のガイダンスでは、電力証書の市場境界について、「事業者は、証書に責任を持つ規制当局や証明・発行機関が、証書が取引され償還、償却又は取消される境界を設定しているかを確認し、その市場境界に従うことが望ましい。市場境界が設定されていない、明確でない場合、証書の市場境界は、一般に物理的な系統連系ではなく、むしろ政治上又は規制上の境界によって決定される」旨、規定されている。この規定を踏まえると、同一市場の範囲は、電力証書が効力を持つ範囲であり、その裏付けとなる再エネ電力が実際に送電可能かどうかは考慮されないものと解釈できる。

 

 極端な例を示せば、例えば沖縄の再エネ電源の証書を、沖縄と送電線でつながっていない東京の需要家が購入・活用することも可能、という運用が認められてきたのだ。

 

今回の改定案は、「同一市場」の範囲をより厳格に定義する。具体的には、実際に電力を送電可能かという「供給可能性」に基づいて市場境界を設定する考え方が提案されている。この「供給可能性」が成立するゾーン(地理的区分)を具体的にどう規定するかは難しい問題である。今回の改定案では、単に連系線でつながっていれば供給可能と位置付けるわけではなく、供給可能なゾーン(地理的区分)の定義について複数の考え方が示されている。

 

この点は重要なので少し詳しく説明したい。考え方のうちのひとつは、供給可能性が保たれたゾーン(地理的区分)であることの条件に、そのゾーン単位で電力の市場価格が形成されていることを求めるものである。具体的には、欧州、オーストラリア、ブラジル、ロシアなどがその例として挙げられている。一方、こうした価格ゾーン構造を持たない国・地域については、国・地域の境界、または需要家が接続する広域同期送電網の境界のいずれか小さい範囲を市場境界とする案が提示されている。どちらの考え方を採用するかによって、日本における市場の区分も大きく異なり得るが、改定案では日本に関する具体例は示されていない。

 

日本の電力システムをみると、卸電力市場は9エリアごとに区分されている一方で、系統運用は電力広域的運営推進機関の下で全国を一体として管理されており、エリアをまたいだ広域的な電力融通が実施されている。そのため、上記いずれの考え方にも該当し得る側面を有している。しかしながら、改定案ではプライシングゾーンや広域同期送電網の定義自体が明確でないため、日本への当てはめについて現時点で断定することは難しい。パブリックコンサルテーションにおいては、例示されていない地域を対象に市場境界の具体例を問う設問も設けられており、こうした議論を踏まえ、今後は市場境界の定義についてより精緻な整理が進むと考えられる。

 

ただし、プライシングゾーンに基づいて市場境界を厳格に区分し、需要家が利用できる証書を制限した場合には、副作用も想定される。例えば、再エネ供給が豊富で需要が限定的な地域では証書などの余剰が生じる。また、需要が集中する地域では、本来市場メカニズムにより供給拡大が誘発されるべきところ、再エネの賦存量の偏在等の立地制約により、その調整が円滑に機能しない可能性がある。その結果、日本全体としての脱炭素化の進展をかえって阻害するおそれもある。

 

なお、同一市場外からの電力についても、供給可能性が確認される場合には例外的に認める措置が提案されている。具体的には、市場間の価格差を用いて供給可能性を推定する方法や、契約等により物理的送電の実現可能性を証明する方法などが挙げられている。ただし、市場間価格差を用いる手法については、その閾値が5%未満と厳しく設定されている点に留意が必要である。また、契約等により物理的送電を証明する方法についても、電力と切り離された形で販売されるアンバンドル証書には適用が難しい可能性が高く、実務上の活用範囲は限定的になると考えられる。

 

2.3 マーケットベース手法の改定③:その他改定論点

 1時間同時同量の要件や供給可能性の要件が導入されると、改定前から締結されている長期契約が再エネ調達として認められなくなるなど既存の調達に大きな影響を与えることが想定される。そうした影響を緩和するため、改定前に締結されていた長期契約については、既存の基準での算定・報告を認める救済措置(レガシー条項)の導入が検討されている。また、2027年に予定されている基準最終化後すぐに新ルールを適用するのではなく、一定の移行期間を設ける段階的導入も議論されている。

 

 また、公的資金で拠出された電気、義務的に受電に組み込まれた電気、電力市場全体で共有化された資源等を標準供給サービス(SSSStandard Supply Service)と定義し、自主的な電力調達と区別する提案がなされている。なお、SSSの例としては、米国の電力供給者に対して低炭素またはゼロカーボンエネルギーの供給目標や要件を定めるRenewable Portfolio Standards(RPS)Clean Energy Standards(CES)、米国の原子力支援政策*1、日本のFIT制度(再生可能エネルギーの固定価格買取制度)などが示されている。SSSに関する具体的な計算方法等については、第1回パブリックコンサルテーション資料では、明らかになっていない。SSS導入による具体的な影響を判断するためにはGHGプロトコルからの追加情報を待たなければならないだろう。

 

2.4 ロケーションベース手法の改定:精緻な係数の使用の義務化

 ロケーションベース手法についても、排出係数の使用ルールの見直しが提案されている。具体的には、使用可能な排出係数の中から、より正確な係数を優先的に使用することを義務付ける案である。排出係数の正確性を評価する軸としては、地理的粒度や時間的粒度などが示されており、例えば地理的粒度が時間的粒度よりも優先されるといった形で、評価軸は階層構造となっている。

 

なお、「使用可能」とされる排出係数については、「信頼できる情報源から無償で公開されていること」が要件とされている。このため、算定を行う企業としては、無料で公表されており、かつ広く利用されている排出係数の中から適切なものを選択して適用すればよいと考えられる。こうしたことから、ロケーションベース手法に関する基準改定が、直ちに算定実務へ大きな影響を及ぼす可能性は高くないと思われる。

 

 

3.おわりに

 

今回の改定案は、スコープ2排出量の算定に反映可能な再エネ調達の要件を、従来よりも厳格に定義し直すものであり、改定案がそのまま実現した場合、再エネ調達を推進する企業に与える影響は極めて大きい。発電と消費の時間的一致(1時間単位での同時同量)や、供給可能性を踏まえた地理的一致といった要件を満たすには、電力消費に対する発電属性の紐付けがより厳格に運用されなければならない。従来のように時間的にも地理的にも比較的粗い対応関係のもとで属性の紐付けを認めてきた運用を改め、新たな仕組み・制度の構築を検討することも必要になろう。ただし、単一の厳格な基準を各国・地域に適用する際には、電力市場制度、系統制約、再エネの賦存量や発電特性といった条件の相違が障壁として立ちはだかる。広く適用していくには、求める厳密性を緩和せざるを得ない場面も出てくるはずだ。どこまで広い統一的な運用を目指すか。そのためにどこまでの厳格性の緩和を認めるか。課題は多い。

 

また、時間単位での属性管理や供給可能性の確認といった要件への対応は、企業の実務負荷の増大に加え、電力市場や証書制度の高度化といった社会全体のシステム構築を伴うことから、その整備には相応の時間を要することが想定される。

 

GHGプロトコルが世界的に用いられている基準であるからこそ、各国の制度差や実務負荷にも配慮したルール設計が重要となる。第1回パブリックコンサルテーションで提出された意見をGHGプロトコルがどのように受け止め、今後のスコープ2ガイダンスのドラフト更新にどのように反映していくのか、その動向に引き続き注目していきたい。

 

以上

  

*1

GHGプロトコルが2025年10月に公表したパブリックコンサルテーション用の資料「Public Consultation – Scope 2」での表記は、「nuclear-support policies」。同資料には具体的な制度名まで記載がないが、前後の文脈から原子力発電コストの一部を消費者に転嫁する仕組みであるZEC(Zero Emission Credit)を指しているものと思われる。