ISO/TC323(サーキュラーエコノミー)の進捗

 

一般社団法人 日本LCA推進機構

理事長 稲葉 敦

 

〇はじめに

 

 今年(2020年)6月15日(月)~19日(金)に、ISO/TC323(サーキュラーエコノミー)の第2回総会がオンラインで行われた。議長及び事務局を務めているフランス時間14:00に開始なので、日本時間21:00から毎晩3時間の会議であった。この時間帯はアメリカ東海岸が早朝だということである。(オンライン会議では、どうしても日本は夜から深夜の時間帯になります。地理的にFar EASTだということをそのたびに実感します。)  

 

 筆者は、1993年の設立当初からもう既に25年以上もISO/TC207(環境マネジメント)、特にTC207/SC5(LCA:ライフサイクルアセスメント)に深くかかわってきた。このコラムでは、筆者のLCAの視点から見るISO/TC323の概要を記したい。偏った見方になっている可能性が高いが、ご容赦いただきたい。

 

 

〇ISO/TC323(サーキュラーエコノミー)

 

 ISO/TC323は2018年9月にフランスからの提案で設立された。フランスが議長及び事務局を務めている。2019年5月にパリで第1回総会が行われ、今後の活動方針が議論されたが、後述するように、そもそも「サーキュラーエコノミーとはなにか?」、「どのような国際標準規格を作るか?」ということが合意されないまま現在に至っている。この状況を理解するためには、TC323の設立状況を知ることが必要である。

 

 

〇欧州委員会(EC)のサーキュラーエコノミー

 

 ECが「サーキュラーエコノミー・パッケージ」を立ち上げたのが2015年12月である。このパッケージには、廃棄物削減、再生原料の品質基準、エコデザイン、水の再利用などの指針が示され、プラスチック、食品廃棄物、資源利用、建築・解体資材、生物利用の 5 つの優先分野が示されている。

 

 このとき、2011年からEC環境総局の試行事業として行われていた「環境フットプリント」がサーキュラーエコノミーを形成する手段としてパッケージに組み込まれた。筆者は、この試行事業の開始当初からEC環境総局の会議に呼ばれ意見を述べる立場にあった。

 

 「環境フットプリント」は、様々な商品のライフサイクルでの環境への排出物量や資源の消費量をLCAを用いて算定し、GHG排出量に起因する気候変動だけではなく、人間健康や酸性化、富栄養化などの多岐にわたる環境影響を総合化してラベルにすることを目指すものなので、LCAの専門家の参加が必要と判断されたためと思われる。GHGの排出量をラベルにするカーボンフットプリントの進化型として、欧州だけでなく世界各国が注目した試行事業であった。

 

 「環境フットプリント」は、「サーキュラーエコノミー・パッケージ」に組み込まれ、サーキュラーエコノミーを達成するために消費者に環境影響が少ないことを訴求する手段と位置づけられたと判断できる。

 

 ECが「サーキュラーエコノミー・パッケージ」を立ち上げると、筆者のように「環境フットプリント」に参加していたLCAの専門家や従来のISO/TC207/SC5(ライフサイクルアセスメント)の参加メンバーから、サーキュラーエコノミーを具体化するための方法をISO/TC207で扱うかどうかを議論するべきであるという意見が出された。サーキュラーエコノミーが廃棄物のリサイクルを取り扱うのだとすれば、廃棄物処理はISO14001(環境マネジメント)の一部であり、またLCAの様々な国際標準規格の中でリサイクルの算定方法の例が示されているからである。

 

 これを受けて、2018年1月にTC207内の意見を集約するためのアンケートを実施するタスクグループが正式に発足した。このタスクグループはその結果を2018年9月のTC207の総会でワークショップを開き発表した。サーキュラーエコノミーに関する国際標準規格をTC207の中で発行すべきという意見が多く、SC1(環境マネジメント)かSC5(LCA)で扱う、または新しくSCを設置するという意見がほぼ1/3ずつを占めた。

 

 このワークショップでは、参加者からの発表も求められ、筆者は環境省の循環型社会の英文パンフレットを引用し、「日本では1990年代から循環型社会を形成するための法体系が整備されて来ており、3Rが定着している。サーキュラーエコノミーという言葉で新しく発行するISOがどのようなものかを明確にすべき」ということ、及び「サーキュラーエコノミーは欧州の政策である。特定の地域の活動をISOの場に持ち込むのはいかがなものか」という主旨の発表を行った。そして、2019年1月にミラノでワークショップを開き、さらに議論を重ねるという結論になった。

 

 しかし、2018年9月に突如フランス規格協会(AFNOR)から新しいTCを設立する提案がなされ、賛成26票、反対6票、棄権8票で設立が決定された。議論を重ねて来たTC207側にとっては、寝耳に水の状況であったと言える。フランスのTC207の友人に状況を聞いたが、TC207関係者を含まずにフランスの国内委員会が形成され、ISOへ新TCの設立提案がなされたとのことである。ちなみに、日本は「すでにTC207で議論されている」及び「日本は循環型社会形成が進んでいる」とのコメントを付けて反対投票を行った。

 

 一説によれば、水処理などのインフラ事業を行うフランス企業スエズ(SUEZ)が、英国を拠点としてリサイクル業者などが参加しているエレンマッカーサー財団と組んで、TC323の設立を急いだとされる。TC323の議長 Catherine Chevauche 女史はスエズのサーキュラーエコノミーの担当マネージャーである。TC323でどのような国際標準規格を発行するか、十分な準備がないままに設立されたことが、未だに「サーキュラーエコノミーとはなにか?」、「どのような国際標準規格を作るか?」ということが定まらない原因になっている。

 

 また、ISOの活動はTC間で重複しないことが原則なので、廃棄物に関することであってもTC207で扱っている「マネジメント」や「LCAによる算定方法」はTC323で扱えないことになっている。TC207で扱っていない国際標準規格にすべきものを見つけることができないでいるというのが、筆者の今の見方である。

 

 以上、LCAに長年携わって来た筆者から見たTC323の設立について記述した。リサイクルを扱う人達から見たTC323の設立についての意見を聞きたいと思っている。

 

 

〇現在のISO/TC323の状況

 

 TC323は設立当初は4つのアドホックグループで活動していたが、それらが今は「ワーキンググループ(WG)」になっている。それぞれのWGが3年以内に国際標準規格を発行することを目指している。上述したように、6月15日~19日に行われたオンライン総会で作業の進め方を議論し、今後WGで素案を作り、来年(2021年)6月にWGからの式な提案であるCD(Committee Draft)を作成することになった。CDができれば、各国のコメントを求める投票を繰り返し、国際標準規格に仕上げていくことになる。

 

 WG1のテーマは、「Principles, Framework, Terminology, Management System Standards」である。このTCではISO14001のようなマネージメントシステムの規格は作らないことが合意されているので、テーマ名にある「マネージメントシステム」はいずれ削除されると思われる。このWGが、サーキュラーエコノミーの概念(原則)・用語などを決めないと、他のWGは作業を進めることができない。そこで、それぞれのWGから2名ずつの代表を加えて議論する作業が始まった。日本の代表は、公益財団法人日本生産性本部の喜多川和典氏である。

 

 WG2のテーマは、「Guidance for implementation and sectoral applications」だったが、6月の総会で「implementation」だけになった。CEの実際の実施方法を明確にするということだと思われる。日本の代表は、多摩大学の市川芳明先生(元日立製作所)で、このWGの議長も務めている。まずは、CEの事例を集めて技術報告書(TR)を発行することを目指すことになった。

 

 WG3のテーマは「Measuring Circularity」である。CEの実施状況を表す指標を明確にするということだと思っている。このグループの日本代表は東京大学の村上先生である。筆者は彼を補佐する役割と認識している。6月の総会でイタリアのグループが、指標の事例を集めることになった。9月のオンラインWGで、その結果を見て再度議論する。

 

 WG4は、「Specific issues」である。このグループは国際標準規格(IS)ではなく、技術報告書(TR)の発行を目的としている。ここでも事例を収集することになっている。日本の代表は、ロイドレジスタージャパン株式会社の冨田秀実氏である。

 

 それぞれのWGの作業が始まったので、日本としてそれらの作業を分担するために、TC323の国内委員会の下にそれぞれのWGの分科会を作ることになった。8月中には分科会のメンバーが決定される。

 

 以上をまとめると、言い方は少しずつ異なるが、WG2、WG3、WG4で事例収集の作業が行われることになった。WG1でこのTCの目的が決まらないので、それぞれのWGがまず事例を集めてCEとは何かを考えようとしているのだと思う。

 

 TC323の日本の代表は、東北大学名誉教授の中村崇先生である。またWG間の調整を行うCAGグループに、東京大学の梅田靖先生が就任されている。筆者が参加しているWG3には、ISO/TC207で一緒だったLCAの専門家が多く参加している。彼らとの連絡を保ちながら筆者も国際的な調整作業を支援したいと思う。

 

 

〇今後の予定

 

 TC323の次回の総会が、来年(2021年)1月18日(月)~22日(金)に東京で開催されることになっている。上述した6月にオンラインで行われた第2回総会は、元々東京で行われる予定だったが、新型コロナウイルスの影響でオンラインに変更された。1月の東京総会も新型コロナウイルスの状況次第ではオンラインとなる可能性がある。  

 

 オンライン会議は、旅費等の問題でリアルな会議には参加できない関係者も参加できるという便利さがある。今回の総会の参加者は約250名と大人数であった。その反面、リアルな会議では休憩時間に意見交換ができるが、オンラインでは正式な会議時間内での議論しかできないという不便さがある。この不便さを克服する方法を考えることが、新型コロナ後の新しいスタイルの課題であると思われる。