欧州におけるサステナブル情報の開示

 

高崎経済大学 経済学部

教授 水口 剛

 

 欧州のサステナブル情報開示の動向をみて感じるのは、日本との「温度差」のようなものである。ヨーロッパではこの分野の議論が盛んで、動きが活発だからである。

 

 たとえばEUは2014年に「非財務及び多様性情報の開示に関する改正指令(Directive 2014/95/EU amending Directive 2013/34/EU as regards disclosure of non-financial and diversity information)」を発して、従業員500人以上の企業に環境・社会情報の開示を義務化するよう加盟国に指示した。イギリスは2013年に会社法を改正し、小企業を除いて「戦略報告書」の作成を義務づけた。この戦略報告書には環境と従業員問題に関するKPIを用いた分析を含めなければならず、さらに上場企業の場合には、環境問題、従業員、社会、コミュニティ、人権問題に関する情報を含めることとされている。

 

 フランスは2015年に成立したエネルギー転換法の中で、年次報告書に事業活動が気候変動に与える影響を記載することや、上場企業が年次報告書の中で気候変動に伴う財務リスクとその削減のために採用している方法などを開示することを義務づけた。主要25か国の中央銀行、財務省、金融規制当局などによる国際組織である金融安定化審議会(FSB)も、2015年12月に「気候関連の財務情報開示に関するタスクフォース(Task Force on Climate-related Financial Disclosures)」の設置を決定し、2016年2月には最初の会合を開いている。

 

 これらに共通するのは制度化への志向である。イギリスやフランスは法制化した。金融安定化理事会のタスクフォースはボランタリーな開示を前提にしているが、気候変動リスクに焦点を絞って投資家にとって必要な情報を明らかにすることが金融の安定化に関わるとの認識を示している。EU指令に対する各国の対応もにらんで、2015年にはGRIが「グローバル・サステナビリティ基準審議会(Global Sustainability Standards Board: GSSB)」を設立し、G4ガイドラインから「GRIサステナビリティ報告基準(通称:GRI Standards)」への移行を決めるなど、政府機関以外でもさまざまな動きが生まれている。

 

 これに対して日本では、金融審議会のディスクロージャーワーキンググループが2015年から開催されているが、非財務情報の開示については、相変わらず「多くの企業が任意で開示しているのに、制度化したり標準化したりすると創意工夫の余地がなくなる」というところで、議論が止まっている感じがする。これが両者の「温度差」である。

 

 なにも、海外がそうだというだけで、日本も同じことをすべきだと言うつもりはないが、ESG情報開示に対する欧州の姿勢が、なぜ日本とここまで違うのかということは、考えてみるべきではないか。

 

 欧州でESG情報開示への関心が高まっている理由の1つは、それが投資のリスクと機会に直結するとの理解が進んだからであろう。もう1つは、「長期的で持続可能な投資リターンは、安定的で、よく機能する社会・環境・経済システムに依存する」という認識である。これは、PRI(責任投資原則)事務局が、最近、責任投資の説明文の中で書いていることである。

 

 このことは、気候変動を考えると分かりやすい。平均気温の上昇を2℃未満に抑えるという目標の達成に失敗すれば、これまで経済活動が前提としてきた気候システムの安定が損なわれる。その影響は幅広い企業に跳ね返ってくるだろう。ESG要因は単に個別企業のリスク・リターンに関わるだけでなく、経済活動や投資活動の前提となる社会・環境・経済システム全体に関わるということである。したがってユニバーサルオーナー、つまり広範な銘柄に分散投資する年金基金などの長期投資家にとっては、ESG要因を考慮することで経済全体の仕組みを守ることが合理的な行動になる。それは、広い意味での国富を守ることでもあるだろう。ESG情報の開示には、そのような「投資判断に組み込まれるべき情報」を整備するという意味があるのではないか。

 

 日本で「非財務情報の開示」というと、「個々の企業の立場から価値創造ストーリーを語る」といった耳ざわりのいい言葉で説明されることが多い。だが欧州ではこれをきちんと社会制度として議論している。そこに違いがあるように思うのである。