EU・オムニバスパッケージが日本企業に及ぼす影響

-その(2)-

 

(本稿はその(1)~(4)から構成されており、その(1)はコラム53、その(3)以降は後日公開します) 

 

上智大学 名誉教授 

上妻 義直

 

 

III オムニバスI のCSRD改正点

 

 オムニバスIにはCSRD改正に関連する2つの法案が含まれている。一部企業への適用開始時期を2年間延期する第1法案(COM(2025)80))とCSRD、CSDDD、EUTの開示規定をスリム化・合理化する第2法案(COM(2025)81)である。

 

1.第1法案

 第1法案は迅速な採択が必要であった。第2法案には一部企業をCSRD適用範囲から除外する改正が含まれている。そのため、その国内法化が完了するまで、適用範囲から除外される企業にサステナビリティ報告のコスト負担が生じないように、まずはCSRD適用を一時中断しなければならなかったからである(EC, 2025c)。第1法案に目立った反対はなく、EU理事会(常駐代表委員会)は2025年3月26日に、欧州議会は同年4月3日にそれぞれ採択し、同年4月14日にはEU理事会が最終的に採択して制定された。なお、加盟国での国内法化期限は2025年12月31日である。

 

2.第2法案

 問題は第2法案である。サステナビリティ報告の開示枠組みを大きく改変するため、欧州議会の意見は賛成から反対まで分散が大きく、原案通りに採択できるかどうか不透明な状況である(RI, 2025a)。そのせいで企業のサステナビリティ報告戦略に必要な法的安定性は著しく損なわれている。欧州委員会は、EU理事会と欧州議会に対して、2025年中のできる限り早い時期に採択するよう求めており、欧州議会は10月投票の仮日程を組んでいる(RI, 2025b)。しかし、討論次第では原案からの大幅な上振れも下振れもあり、本当に10月投票になるのかさえ見通せていない。

 

 ともあれ、第2法案の主要なCSRD改正点は以下の通りである(EC, 2025d)。

 

(1) CSRD適用範囲の縮小

 サステナビリティ報告の適用範囲を、大規模企業は従業員数1,000人超の企業に、大規模グループはグループ従業員数1,000人超の親企業に限定し、従業員数1,000人以下の企業、グループ従業員数1,000人以下の親企業、中小規模上場企業を適用除外とした。

 

 EU上場する非EU企業の場合も、従業員数1,000人超の企業だけが適用範囲に残り、従業員数1,000人以下の企業は適用範囲から除かれた。会計指令第40a条適用の非EU企業3は、適用有無の判別基準であるEU純売上高基準が€1.5億から€4.5億に増額され、支店の純売上高基準も€4,000万から€5,000万に増額された。

 

(2) ESRS関係の改正

① ESRSの改訂

 ESRSをスリム化するために全面改訂する。その期限は第2法案の施行後6ヶ月以内であり、改訂によって強制開示データポイント数を削減する。現行ESRSのデータポイントは1,052個あり、その中の783個が強制開示(うち622個はマテリアリティ評価対象)である(EFRAG, 2024)。開示負担を25%削減するのであれば、強制開示のうち195個は削減するか、または、任意開示に移す必要がある。削減にあたっては、重要性の乏しいデータポイントの削除、定量的データポイントの優先、強制開示・任意開示の再分類を行う。

 

 また、報告企業がマテリアルな情報だけを報告するように、マテリアリティ原則の適用方法に関する「明確な説明」を公表する。ちなみに、オムニバスパッケージ公表前に廃止の噂が流れたダブルマテリアリティは撤回されずに残された。そのせいか、「明確な説明」にダブルマテリアリティ評価の適用方法が含まれると解説する情報がある(Deloitte, 2025)。しかし、第2法案にもQ&Aにも、「明確な説明」がダブルマテリアリティにまで言及するかどうかは明言されていない。

 

 さらに、ESRSとグローバルなサステナビリティ報告基準との相互運用可能性をさらに高める方針が明記された。ESRSとグローバル基準との相互運用可能性については、すでに、ISSB基準との相互運用可能性ガイダンスが2024年5月に、GRIスタンダードとの相互運用可能性インデックスが2024年11月に公表されている。しかし、それらのガイダンス文書では、ダブルマテリアリティ評価のESRSとシングルマテリアリティ評価のISSB基準やGRIスタンダートとでは、部分的な互換性しかないことを認めており(EFRAG & IFRS Foundation, 2024; GRI & EFRAG, 2024)、ISSB基準が国内基準(SSBJ基準)である日本のような国の企業がCSRD適用を受ける場合、ダブルマテリアリティ評価をどのように実施すべきなのかが大きな問題になっていた。その意味でも「明確な説明」がダブルマテリアリティに言及するのか否かが注目される。

 

 なお、セクター別ESRSは策定方針自体がキャンセルされた。

 

②自主適用基準の策定

 CSRD適用を免れる企業も、大企業等からの情報提供要請に応じて、自主的にサステナビリティ報告を開示する場合がある。その際に必要な自主適用サステナビリティ報告基準(「自主適用基準」と略称)を策定する。策定期限は第2法案の施行後4ヶ月以内である。適用範囲の縮小やESRS改訂は企業の開示負担軽減が目的なので、自主適用基準は開示負担を大幅に軽減できるものでなければならない。そのため、EFRAG4が2024年12月に公表したVSME5を基礎に開発する。その間の自主的報告には、VSMEベースの「自主的サステナビリティ報告に関する提言」を公表して、報告企業の便宜を図る。ただし、この提言は、欧州委員会がVSME自体をそのまま利用推奨する形式になるようで、2025年6月までにその採択が行われるという(EFRAG, 2025a)。

 

(3) バリューチェーン(VC)キャップの拡大・強化

 現行CSRDは、CSRDの適用範囲外にある中小規模企業が、バリューチェーンの中で、大企業や金融機関等から過大なサステナビリティ情報の提供要請を受けることがないように、一種の保護措置を講じている。それがVCキャップである。VCキャップはESRSに制約を課す形式で設定される。中小規模企業への過大な情報要求が必要になるような情報の基準化をESRSに禁じたのである。過大かどうかの判断基準はESRS LSME6が担っており、大企業や金融機関等は、CSRD非適用の中小規模企業に対して、ESRS LSMEが基準化した情報以外は要求できない。

 

 第2法案ではこの仕組みを大きく修正した。過大かどうかの判断基準を策定が中止されたESRS LSMEから自主適用基準に変更し、さらには、ESRSへの制約に加えて、報告企業が過大な情報を従業員数1,000人以下の企業に要求する行為自体を禁止した7。また、サステナビリティ報告の保証業務実施者にも歯止めをかけ、この報告企業への禁止規定を保証業務において尊重するように求めた。

 

(4) EUT情報の改正

 EUTは、CSRD適用企業のサステナビリティ報告に、「環境的にサステナブルな経済活動」に関する財務情報(「第8条情報」と略称)を開示するよう規定している。第8条情報には、環境的にサステナブルな経済活動に関連する、1)製品・サービス売上高比率、2) 設備投資比率、3) 営業費比率が含まれており、現行CSRDでも、これらの情報開示が義務付けられる。ただし、第40a条適用企業には開示義務がない。

 

 第2法案では、「大規模中堅企業(large mid-caps)」(金融機関を除く)に対して、第8条情報の開示負担軽減を目的とする「オプトイン(opt-in)制度」を導入した。大規模中堅企業とは従業員数1,000人超かつ純売上高€4.5億以下の企業であり、CSRD適用を受けるものの、オプトイン制度の適用で第8条情報の開示・非開示を事実上選択できる。その結果、大規模中堅企業は第8条情報の開示を選択する企業と選択しない企業に分類されることになり、選択しない企業には第8条情報の開示負担がなくなる(図表1)。オプトイン制度で自主開示を選択する場合、EUT適格である売上高比率と設備投資比率は開示を義務付けられるが、EUT適格の営業費比率は任意開示になる。 

 

 

 オプトイン制度による開示では第8条情報の範囲も拡大された。自社の活動(連結・単体)が「環境的にサステナブルな経済活動」の技術的スクリーニング基準に合致せず、そのせいでEUT適格とならない場合でも、当該基準を部分的に充足すれば「EUT一部適格」 として扱い、それを第8条情報として開示できる。EUT一部適格情報を開示する場合、EUT一部適格の売上高比率と設備投資比率は必ず開示しなければならず、EUT一部適格の営業費比率は任意開示となる。

 

(5) 保証規定の改正

 合理的保証に関する保証基準の策定方針が取り消されて、限定的保証から合理的保証への移行が消滅した。また、限定的保証基準は策定が無期限延期され、それに代えて、2026年までに限定的保証業務に特化した保証ガイドラインを公表することになった。ただし、サステナビリティ報告の限定的保証に関するガイドラインは、すでに欧州監査審査会委員会(CEAOB)が2024年9月30日に採択・公表している。第2法案には、このCEAOBガイドラインと2026年公表予定の保証ガイドラインがどのような関係になるのかは何も言及がない。

 

 

 

その(3)へ続きます(後日公開)。 

 

3:

EU域内での純売上高(連結または単体)が直近2年間継続して€1.5億を超過し、CSRD適用のEU子会社(当該子会社がない場合は、前年度純売上高が€4,000万超の支店)を保有する非EU企業は、CSRD適用を受けることになり、EU子会社(または支店)経由で自社サステナビリティ報告書(連結または単体)をEUで登記しなければならない。

4:

会計基準・サステナビリティ報告基準を策定するEUの基準設定主体。

5:

市場ニーズ(サプライチェーンでの取引先である大企業、金融機関、投資家等からの情報提供要請)に応えて、非上場の零細規模企業または中小規模企業がサステナビリティ情報を提供する場合、その作成時に自主適用できるサステナビリティ報告基準。

6:

中小規模上場企業向けのサステナビリティ報告基準。2025年2月に現時点での基準案が公表されたが、オムニバスIによってCSRD適用範囲から中小規模上場企業が除外されるので、ESRS LSMEの策定は中止された。

7:

この禁止規定では、自主適用基準に基準化された情報でなくても、業界で共有されているサステナビリティ情報であれば提供要求を容認している。

[引用文献]

  • Deloitte (2025), European Commission Proposes Reduction in Sustainability Reporting and Due Diligence Requirements - Considerations for U.S. Entities, Heads Up, Vol. 32, Issue 2, March 7, 2025.
  • EFRAG (2024), List of ESRS datapoint, EFRAG IG3, Explanatory Note.
  • EFRAG (2025a), VSME in Action: Empowering SMEs for a Sustainable Future, Brussels, 7 April 2025, Summary Report.
  • EFRAG & IFRS Foundation (2024), ESRS-ISSB Standards Interoperability Guidance.
  • European Commission (EC) (2025c), Proposal for a Directive of the European Parliament and the Council amending Directives (EU) 2022/2464 and (EU) 2024/1760 as regards the dates from which Member States are to apply certain corporate sustainability reporting and due diligence requirement (COM(2025) 80 final).
  • European Commission (EC) (2025d), Proposal for a Directive of the European Parliament and the Council amending Directives 2006/43/EC, 2013/34/EC, (EU) 2022/2464 and (EU) 2024/1760 as regards certain corporate sustainability reporting and due diligence requirement (COM(2025) 81 final).
  • GRI & EFRAG (2024), GRI-ESRS Interoperability Index, V1.
  • Responsible Investor (RI) (2025a), EU Omnibus: EU finance ministers back proposal, Parliament heavily divided, 13 march 2025.
  • Responsible Investor (RI) (2025b), EU Omnibus: Initial details emerge on member state CSRD, CSDDD asks.