サステナビリティ保証規制の拡がりとISSA5000適用上の課題

-その(1)-

 

(本稿はその(1)とその(2)から構成されており、その(2)はコラム45として公開されています) 

 

関西大学   

教授 上妻京子

 

 

1 はじめに

 

 サステナビリティ情報の保証規制が急速に進展している。ほぼ全域のサステナビリティ課題を保証の守備範囲とするEUの動向を見据え、世界的な保証規制は、GHG排出量情報からTCFD情報、自然関連情報へと拡大する気配がある。一方、企業は、複数のサステナビリティ課題への対応を迫られるが、あるサステナビリティ課題に対する自社の行動が別のサステナビリティ課題に悪影響を及ぼす(悪影響のトレードオフ)場合がある。

 

 保証業務では、その悪影響のトレードオフを考慮すべき局面が2つある。1つは保証業務の範囲が適切かを判断する局面であり、もう1つは虚偽表示を識別・評価する局面である。こうした問題は、財務諸表の監査には発生しない。本稿では、これらの2つの観点からISSA50001適用にかかる課題を提起する。

 

 

2 保証規制の拡がり

 

(1) 監査と保証の一元化

 

 EUは、2023年発効の企業サステナビリティ報告指令2(以下、CSRD)により、サステナビリティ課題全域を対象とするサステナビリティ報告書の開示と保証を段階的に義務づけた。この保証要件は、2028年10月1日までに移行期日が定められた後、限定的保証から合理的保証に引き上げられる(同、2022)。保証を実施するのは、基本的には財務諸表の監査を担う監査人である。ただし、加盟国は選択権を行使することにより、それ以外の監査人または独立保証業務提供者3を保証業務実施者と認めることができる(EU, 2022)。

 

 CSRDは、40a条規定により、規模基準を満たすEU域外企業にも適用される(EU, 2022)。こうしたサステナビリティ保証の規制は、EU域外でも徐々に拡大する様相を呈する。近年、ニュージーランド、カリフォルニア州など一部の国・地域の法規制は、GHG排出量に保証を義務づける。この動きは、スコープ3排出量の開示・保証規制にとどまらない。

 

 2024年1月現在、オーストラリアでは、法定財務報告にサステナビリティ報告書を新設の上、同書に財務諸表監査を担う監査人の保証を課す方向で会社法および関連法の改正案を審議中である4。法案では、オーストラリア・サステナビリティ報告基準(以下、ASRS)に準拠したTCFD情報等の開示を同書に課している。ASRS案5は、IFRS S1・IFRS S2と整合するが、1.5℃シナリオを含む2つのシナリオの開示を義務づけるなど、一部に修正が加えられている。

 

 この保証の義務化は、会社の規模基準で段階的に実施される。例えば、従業員500人以上・総資産10億ドル以上・売上高5億ドル以上のいずれか2つに該当する会社は、2027年にGHG排出量の限定的保証(スコープ1・2排出量)の受審が義務化され、最終的に2030年にはスコープ3排出量を含み、シナリオ分析や移行計画などTCFD情報全体の合理的保証受審が義務化される見込みである。同国政府は、このような気候関連情報の法改正を自然関連情報に拡大する意向を示している(Australian Government The Treasury, 2023)。

 

 こうしてEUおよびオーストラリアのように、財務諸表の監査を担う監査人が保証業務を担う場合、保証報告は監査報告書に収容され、監査・保証枠組みの一元化が図られる。

 

 

(2) 保証の義務化志向

 

 一方、保証の義務化を志向する動きもみられる。2023年公表の自然関連財務情報の報告枠組み(以下、TNFD勧告)には、自然関連情報が中期的には限定的保証の対象になるとの言及がある(TNFD, 2023)。同勧告は、気候変動情報を含み、生物多様性を主要課題にTCFD勧告を拡張する枠組みである。

 

 国レベルでは、イギリス政府が保証義務化を志向しつつ、現段階では保証を義務化しない方針を維持している6。同国では、会社法と上場規則でTCFD準拠を義務づけているが、TCFD情報の保証受審を当面はマーケットに委ねる方向である(FCA, 2021)。ただし、2023年7月公表の会社(戦略報告書及び取締役報告書)(改正)規則2023年草案7では、従業員750名以上、年間売上高7億5,000万ポンド以上の企業に対し、取締役報告書において、「監査・保証方針の説明」を義務付けるという。同案は、年次報告書中のレジリエンス・ステートメント全体(または一部)に関して、今後3年間、第三者保証を得る予定であるかどうかの説明と、(その予定がある場合には)実施内容の説明を課している。

 

 世界的な規制動向と、生物多様性など気候の次の基準開発を目指すISSB基準の動向、およびISSA5000の策定動向により、サステナビリティ課題全般の強制的な情報開示への移行と合理的保証への移行の波が徐々に押し寄せている。ただし、保証要件は国・地域の決定に委ねられるため、さまざまな速度で進展中である。

 

 

3 保証業務の範囲の適切性

 

 ISSA5000案は枠組みに対して中立であり、あらゆる枠組みまたは適合する規準に基づき開示される情報の保証に適用できるが、開示・保証規制を主導するCSRDを中枢に策定されている。中枢にとは、ISSA5000がサステナビリティ報告書全体の保証8を射程に収めていること、バリューチェーン・ベースの開示を想定していること、情報の利用者だけでなく影響を受けるステークホルダーが想定利用者となりうること、ダブルマテリアリティの概念に対応していること、規準(=報告基準)がデューディリジェンス9(以下、DD)規制を含む場合を想定していること、合理的保証を見据えていること等を意味する。

 

 国際的に、開示規制・保証規制は過渡期にあり、既に企業はあらゆるトピックのサステナビリティ情報を任意に開示している。例えば、今後、日本企業が自社の開示情報に任意にISSA5000準拠の保証を受審する場合も想定される。この際、CSRDがカバーするようなサステナビリティ課題全体のうち、保証対象が特定のトピック・トピックの側面・一部のバウンダリ(報告範囲)である保証契約では、保証業務の範囲が適切かの判断が問われることになる。

 

 例えば、GHG排出量を削減するという企業の取組みが、他の汚染物質を排出することに繋がる(悪影響のトレードオフがある)場合には、気候変動課題と汚染課題は、独立でない事象になる。あるトピックが別のトピックに悪影響を及ぼす事実の開示がない場合には、会社にとってプラス面を表すトピックだけを切り取って保証業務を実施しても保証の意義は損なわれる。

 

 悪影響のトレードオフは、環境課題と人権課題にも発生しうる。保証業務に合理的な目的があるかの判断には、保証業務の範囲が適切かの判断が欠かせない(ISSA5000, 74項)。こうした判断は、ISSA5000の保証業務の前提条件の1つであり、保証契約締結時には、特定のトピック、トピックの側面、バリューチェーンのバウンダリの除外を含め、開示情報を保証対象外とする理由が適切かの判断が必要となる(同、A197項)。

 

 

その(2)へ 

 

1:

国際サステナビリティ基準審議会による国際サステナビリティ保証基準「サステナビリティ保証業務の一般的要求事項」

2:

The European Parliament and the Council of the European Union (2022a), DIRECTIVE (EU) 2022/2464 OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL of 14 December 2022 amending Regulation (EU) No 537/2014, Directive 2004/109/EC, Directive 2006/43/EC and Directive 2013/34/EU, as regards corporate sustainability  reporting.

3:

ただし、会計指令34条4項の要件を満たすことが条件となる。

4:

(Exposure Draft) Inserts for Treasury Laws Amendment Bill 2024: Climate-related financial disclosure.

5:

Australian Accounting Standards Board (AASB) (2023), (Exposure Draft) Australian Sustainability Reporting Standards – Disclosure of Climate-related Financial Information.

6:

詳細は、上妻 (2023)を参照のこと。

7:

(Draft Statutory Instruments) The Companies (Strategic Report and Directors’ Report) (Amendment) Regulations 2023.

8:

例えば、EUの保証規制の原点となっているフランスでは、既に非財務報告書(サステナビリティ情報)全体の保証が行われている。

9:

DDとは,企業自体および人権・環境・ガバナンスへの潜在的・顕在的悪影響を識別、評価,防止、緩和、停止、監視、伝達、説明、対処、救済するために実施するプロセスをいう(OECD, 2011; EU, 2022)。