削減貢献量とカーボンニュートラリティ

 

一般社団法人日本LCA推進機構

理事長 稲葉 敦

 

 

1.はじめに

 

 脱炭素社会の実現には、省エネルギー製品などのGHG排出量の削減に役立つ製品開発が必要である。そのため、開発された製品の普及による社会全体での温室効果ガスの排出削減量を算定することが、産業界や自治体で広く行われるようになっている。これは、主として、その製品が「なかりせば」使われていたであろう製品をベースラインとして、そのベースラインと比較したGHG排出量の差を計算する方法である。製品による「排出削減貢献量(Avoided Emission)」と呼ばれている。現在ある製品による過去のGHG削減貢献量だけでなく、将来の削減貢献量を計算することも行われている。

 

 プロジェクトを対象として、ベースラインと比較してGHG排出量の削減あるいは吸収の促進を定量する手法は、京都メカニズムの1つであったクリーン開発メカニズム(Clean Development Mechanism,: CDM)の一部として発展してきた。CDMでは、その定量された温室効果ガスの排出削減量がクレジットとして発行されるので、算定の方法には結果の信頼性と過大推計でないことが求められ、より正確に、より保守的な方法論が用いられ、ISO14064-2:2019として発行されている。

 

 GHG排出削減貢献量の算定は、ベースラインと比較する点でCDMの方法論と同じである。しかし、製品を対象にすることと、産業界の自主的活動でありクレジット化を目的としていないことが特徴的である。電子・電気製品業界が先行して手法開発を実施してきた。また、地方自治体においても川崎市、滋賀県がGHG排出削減貢献に関する制度の運用を始めている。

国際的には、日本の化学産業の活動が国際的に発展した活動があり1)、電気電子製品については、ITU-T L.1410. (03/2012) とIEC TR 62726:2014の国際標準規格が発行されている。

 

 これらの活動を支援するために、日本LCA学会は2014年に「環境負荷削減貢献量評価手法研究会」を設立した。この研究会は、まず算定方法の標準化を目指して「温室効果ガス排出削減貢献量算定ガイドライン」を作成し、日本LCA学会はこれを2015年に発行した2)。このガイドラインは、2018年3月に経済産業省が発行した「温室効果ガス排出削減貢献定量化定ガイドライン3)」に引用されている。

 

 

2.削減貢献量の算定方法

 

 日本LCA学会のガイドラインは、GHG排出削減貢献量の算定手順を以下のように定めている。

  1. 評価の対象製品が使われている最終製品を定め、その製品が「なかりせば」使われていたであろう製品をベースラインとして、両者のGHG排出量の差を計算する。
  2. その結果に、評価の対象製品の普及量(販売量)を乗じて社会全体の排出削減貢献量を算定する。
  3. 評価の対象製品が最終製品に使われる部品や素材である場合には、最終製品の削減貢献量に、当該製品の寄与率を乗じて当該部品や素材の削減貢献量とする。

 多くの場合、ベースラインの選定方法が問題になる。たとえば、アルミニウムの使用による自動車の軽量化では、全くアルミニウムが使われていない自動車をベースラインに選定すれば自動車の走行段階のGHG排出削減貢献量は大きく算定されるが、アルミニウム工業会は、現状のアルミニウムの使用割合をベースラインにして将来の使用割合を想定して削減貢献量を算定している4)

 

 さらに、評価対象の製品が最終製品の素材や部材である場合の寄与率の決め方はもっと困難である。日本LCA学会のガイドラインは、技術的貢献度や部材としての価格、関係者の合意などを推奨している。先述した化学産業のガイドラインでは、最終製品における寄与度を定性的に説明することを求めている。経済産業省のガイドラインは、寄与率については何も言及していない。

 

 寄与率の決定が困難であることが、削減貢献量が批判される根拠の一つとなっている。すなわち、最終製品の製造者とその部品の製造者が削減貢献量をそれぞれ主張するとダブルカウントになる。最近(2023年3月)発行されたWBCSDのガイドラインは、化学産業のガイドラインと同じく、ダブルカウントを承知して算定することを推奨している。

 

 さらに、製品の削減貢献量の算定の最大の批判は、「単なる机上の計算に過ぎない」ということである。この背景は、新製品がベースラインに設定されている製品と1対1で置き換わることが補償されないという点にある。優れた省エネ製品の開発は従来製品(ベースライン)をしのぐ販売量となり、実質的にGHG排出量の増加を招くと言われている。

 

 しかし、従来技術(ベースライン)よりもGHG排出量が少ない製品開発は、カーボンニュートラルの実現のためには必須である。現在は、それぞれの当事者が革新的な技術開発を行い、「カーボンニュートラル」にチャレンジする姿勢を示ための最適な手段と考え、「削減貢献量」の算定を実施している状況と見ることができる。技術開発を支援するためには、削減貢献量の算定の普及が必須である。

 

 

3.削減貢献量の国際標準規格

 

 現在改定中のISO/DTR 14069:2021に削減貢献量の記載がある。これは、ISO 14064-1:2018(組織における 温室効果ガスの排出量及び吸収量の定量化及び 報告のための仕様並びに手引)の使い方を説明する技術報告書であり、使用済み製品のリサイクルによるGHG排出量の削減効果の算定方法として紹介されている。また、2021年に削減貢献量を記載するISO14064-1の追補の作成作業が開始された。

 

 電気技術分野の国際電気標準会議(International Electrotechnical Commission: IEC)では、すでに発行されたIEC/TR 62726:201424)(電子電気機器及びシステムのベースラインとの比較によるGHG排出削減量の定量化のガイダンス)に加え、IoTソリューション等の削減貢献の算定もできるように、同規格を拡張する新たな国際標準規格を作成することが2020年12月から始まっている。電子電気技術の分野では、今後製品及びサービスの削減貢献量の算定が拡大するものと思われる。

 

 現在作成中のISO/DIS14068(カーボンニュートラリティ)では、その序文に削減貢献量が紹介され、Scope1,2,3とは分けて報告することが推奨されている。

 

 以上のように、産業界での広がりを受けて、製品及びサービスの削減貢献量の議論が国際標準規格の場で始まっている。カーボンニュートラルを目指す国際的活動が推進される中でその算定方法と誤解を招かないコミュニケーションの方法が、ISO及びIECの場で今後さらに議論されて行くように思われる。

 

1):

一般社団法人日本化学工業協会(2012), CO2排出削減貢献量算定のガイドライン第1版,2012年2月27日,37pp

2):

日本LCA学会, 温室効果ガス排出削減貢献量算定ガイドライン, 2015,https://www.ilcaj.org/lcahp/guideline.php

※改訂版(第2版)が2022年3月に発行。

3):

経済産業省,温室効果ガス削減貢献定量化ガイドライン, 2018,

https://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11402477/www.meti.go.jp/press/2017/03/20180330002/20180330002-1.pdf

4):

一般社団法人日本アルミニウム協会,自動車用材料のアルミ化による CO₂削減貢献定量化調査報告書,2021 年2月, https://www.aluminum.or.jp/environment/pdf/20210423.pdf