ISOにおけるLCA関連規格の最新動向

 

一般社団法人日本LCA推進機構 

理事長 稲葉 敦 

 

 1.はじめに:LCAとCFPの基本規格の動向

 

 最近の脱炭素化の動きの中で、産業界でのライフサイクルアセスメント(LCA)及びカーボンフットプリント(CFP)への関心が高まっています。LCAは様々な環境影響を評価し、CFPは気候変動だけを評価します。両方とも「製品」と「組織」の規格があり、その組み合わせで表1に示すように4つの領域にそれぞれの国際標準規格(ISO)があります。

 

表1.製品と組織のLCAとCFP

 製品のLCAの基本規格であるISO14040:2006はLCAの枠組みを示しています。要求事項が一つだけあって「LCAの実施にはISO14044:2006を使え」と書かれています。したがってLCAの実施にはISO14044:2006を参照します。この二つの規格は2006年以来ほぼ25年間改訂されていません。これらの規格を変えずに、次々に新しい規格に新しい算定方法が組み込まれています。たとえば製品のCFPの規格ISO14067:2018にはISO14044:2006にはないバイオマス関連のGHG排出量の算定の方法が示されています。 

 

 「製品」については、多くの企業が表1のISO規格を用いてLCA及びCFPを実施していますが、「組織のCFP」については、多くの企業がISO規格ではなくGHGプロトコルの「Scope3基準」を使っています。そもそもISO14064-1:2018は「Scope3基準」と整合するように作られています。「組織のLCA」の規格ISO14072は2024年に改訂版が発行されましたが、組織のLCAを実施している企業はないと思います。

 

 2024年のTC207/SC7総会で「製品」のISO14067:2018と「組織」のISO14064-1:2018を改訂することが決まりました。この改訂では、①バイオマスの取り扱いを今まで以上に詳細にすること、②後述する「マスバランスモデル」及び「ブック&クレームモデル」の扱いが議論されています。また、GHGプロトコルのScope3基準も改訂作業中です。ISOの中央事務局は、現在GHGプロトコルとの協調する活動を進めており、ISO14067とISO14064-1の改定版をGHGプロトコルとのダブルロゴで発行することが議論されています。

 

 表1のISO規格とScope3基準は、資源の採掘から製造、使用を経て廃棄までのプロセスを一つ一つたどって資源の使用量と環境への排出量を算定する方法ですが、最近は「マスバランスモデル」及び「ブック&クレームモデル」と呼ばれる新しい算定方法が着目されています。これらの方法についてのISOの動向を次の第2節で紹介します。また最近は算定した結果の報告だけでなく、「カーボンニュートラル」や「ネットゼロ」を宣言するISOも開発されています。これらの動向を第3節で紹介します。

 

 

2.新しい算定方法のISO規格(マスバランスモデルとブック&クレームモデル)

 

 最近、新しいCFPの算定方法として「マスバランスモデル」と「ブック&クレームモデル」が注目されています。これらのモデルは、ISO 22095:2020 Chain of custody- General terminology and models(加工流通過程の管理 ー 一般的な用語とモデル)に書かれています。(このISO規格についてはコラム46を参照してください)。この規格では、マスバランスモデルは「モデル4」として書かれ、たとえば、バイオエチレン10%と石油エチレン90%で作ったポリエチレンの10%分を「100%バイオエチレン」と表示し、残りの90%を「石油ポリエチレン」と表示します。製品は一つですが、それを二つに分けてCFPを算定することになります。もう一つの「ブック&クレームモデル」は「モデル5」として書かれています。製品とは別に製品情報だけを販売する方法で、電力の「再生エネルギー証書」がこれに相当します。

 

 表2に示すように、これらのモデルを詳細に示す新しいISO規格がDIS段階にあり、今年度中には発行される見込みになっています。これらの規格では、たとえばマスバランスモデルでは「バイオエチレンを10%入力したので、製品の10%をバイオエチレンと表示する」ことを決めるだけなので、そのCFPをどのように計算するかは書かれていません。そこで、これらの規格をLCAでどのように使うかを決めるISO14077(LCAへの加工流通過程の管理アプローチの適用のための要求事項とガイドライン)を作成する作業が始まりました。この5月に最初の対面でのワーキンググループが米国・ワシントンDCで開催され、3年後の発行を目指しています。

 

 米国・ワシントンDCでのマスバランスモデルの議論は、「一つの製品(バイオエチレンと石油エチレンを混ぜて作ったポリエチレン)を二つ以上の異なる製品(バイオポリエチレンと石油ポリエチレン)に分けて異なる環境情報を持たせることは、ISO14040:2006及びISO14044:2006で示されるLCAでは許されていない」という「そもそも論」から始まりました。一方で、現状ではバイオエチレンだけを原料に使うプラントを作ることはコスト高になるので、バイオマスを普及し、社会全体のGHGを削減するためには必要な措置だと言う意見があります。また、「100%バイオポリエチレンと表示されても、石油エチレンが混ざっていることは明白で、トレーサビリティが保証されない。食品や化粧品などに適用するのは危険」という意見もあります。

 

 上述したように、「ブック&クレームモデル」は、再生可能電力証書を買うという具体的な例があります。この場合は、再生可能電力を取り除いた電力のGHG排出量を示さないと再生可能電力をダブルカウントしているので、グリーンウオッシュだと言う意見があります。

 

 これらの意見は、「マスバランス」モデルと「ブック&クレーム」モデルが持っている本質的な課題です。今はまだWGで課題を共有する段階です。これらの課題を議論しながら、この後、LCAでどのように使うかという合意を探すことになります。この議論は、改訂が始まったISO14067(製品のカーボンフットプリント)及びISO14064-1(組織のGHG)でも並行して行われることになります。

 

 現在、表2には示していませんが、ISO14020:2022(環境ラベル及び宣言)に示された3つのタイプ環境ラベルの改訂作業が最終段階にあり年度内の発行が見込まれています。ISO/DIS 14024(タイプI環境ラベル ー エコラベル)とISO/DIS14025(タイプIII環境ラベル ー EPD)では、「加工流通過程の管理(Chain of custody)モデルを使う場合にはISO22095:2022を適用する」と書かれているだけです。エコラベルとEPDは実際のプログラム運営者がいるので彼らに運用を任せるという判断です。

 

 一方、14021/DIS(タイプII環境ラベル ー 自己宣言)では「リサイクル率」の表示にマスバランスモデルを使うときの注意が詳細に書かれています。欧州のサーキュラーエコノミーの基準制定を見込んだ企業の活動が活発になっていることが背景にあります。

以上、様々なISO規格の作成または改訂が進んでいます。今後も進展を注視する必要があります。

 

表2.新しい算定方法(Chain of custody)のISO規格

ISO規格の 規格番号

 加工流通過程の管理- 一般的用語とモデル

Chain of custody- General terminology and models

 ISO 22095:2020

加工流通過程の管理- マスバランス – 要求事項とガイドライン

Chain of custody- Mass balance- Requirements and guideline

ISO/DIS 13662 作成中

加工流通過程の管理- ブック&クレーム – 要求事項とガイドライン

Chain of custody- M Book and claim- Requirements and guideline

ISO/DIS 13659 作成中

LCA – LCAへの加工流通過程の管理アプローチの適用のための要求事項とガイドライン

LCA – Requirements and guidelines for application of Chain of Custody (CoC) approaches in Life Cycle Assessment (LCA)

ISO/WD 14077 作成中

 

3.カーボンニュートラルまたはネットゼロを宣言するISO規格

 

 表3は、カーボンニュートラルに関する規格を示しています。気候変動だけを評価する規格です。ISO14068-1:2023(カーボンニュートラリティ)は、「製品」にも「組織」にも使えますが、現在作成中のISO14060(ネットゼロ)は「組織」の規格です。国際ワークショップの合意文書として作成された「IWA42:2022(ネットゼロガイドライン)」をISOにする目的で提案されました。

 

 ISO14068-1:2023の「カーボンニュートラリティ(この規格の名称ですが、カーボンニュートラルと同じことです)とISO14060(ネットゼロ)の違いが良くわからないと言う意見が多く、その違いを明確にするWGを作ることがTC207/SC7で議論されています。

 

 はっきりしていることは、ISO14068-1:2023(カーボンニュートラリティ)では、脱炭素に向かう短期的なトランジションの間でも「削減のカーボンクレジット」を購入することでGHG排出量をオフセットし、カーボンニュートラルであることを宣言できることになっていますが、ISO14060(ネットゼロ)の現在のドラフトでは、トランジションの間にカーボンクレジットを購入してGHG排出量をオフセットすることを認めていません。ISO14060(ネットゼロ)では、企業がGHG排出を削減し続け、また大気中のCO2を自ら除去し、ネットゼロに向かうことを約束するための規格になっています。すなわち、「企業がネットゼロに向かう姿勢」を宣言する規格として開発が進められています。カーボンニュートラルとネットゼロは良く似た概念ですが、ISO14060では、「地球全体での人為的なGHG排出量と吸収量が釣り合うこと」が強く意識されています。

 

 もう一つのISO/DIS 32212(サステナブルファイナンス-金融機関のネットゼロトランジション計画)は、TC322(サステナブルファイナンス)で作成中です。様々な産業セクターの企業を対象とするISO14060の金融セクター版として、歩調を合わせて開発が進められています。両方とも今年の11月の気候変動枠組み条約締約国会議(COP30)でDISを発表することが計画されていましたが、ISO14060はまだCD段階ですので、11月のCOP30に間に合わないのではないかと思います。

 

表3 カーボンニュートラルまたはネットゼロを宣言するISO規格

 

4.まとめ

 

 LCAに関連するISO規格の動向をまとめました。世界的なカーボンニュートラルまたはネットゼロを目指す動きの中で、新しいGHG排出量の算定方法としてISO 22095:2020 Chain of custody- General terminology and models(加工流通過程の管理-一般的な用語とモデル)に書かれた「マスバランスモデル」と「ブック&クレームモデル」が着目され、それらを取り入れた新しいISO規格の発行、または既存のISO規格の改訂が進められています。

 

 ISOは産業界の規格です。作成に係わるエキスパートは、それぞれの国の審議委員会で認められ選出されます。この過程は各国に任されていますが、例えば「マスバランスモデル」に関する規格では、それを使用したい産業界の人がエキスパートに選定される傾向があります。各国からの選出ではなく、国際的な組織からの申し出によりリエゾン(関係者)として議論に加わることもできますが、あくまでも申し出がある場合です。

 

 「マスバランスモデル」の採用は、たとえば「有機農法で生産された米」として表示されていても、「通常の生産方法の米」である場合があります。トレーサビリティに基づく消費者保護の視点が失われているという批判があります。環境に直結するLCA関連の規格は、従来の工業製品の共通仕様を決めるISO規格とは異なる性質を持っていると思います。現在、ISO規格の作成方法の根本的な課題に直面しているように思います。