EU・オムニバスパッケージが日本企業に及ぼす影響

-その(4)-

 

(本稿はその(1)~(4)から構成されており、その(1)はコラム53、その(2)はコラム54、その(3)はコラム55で公開しています)

 

上智大学 名誉教授 

上妻 義直

 

 

IV 日本企業への影響(その(3)からの続き)

 

3.保証業務の課題

 保証規定の改正で影響を受けるのはCSRD適用範囲に残る日本企業に限られる。それらは、従業員数1,000人超の大規模EU上場企業、第40a条適用企業およびCSRD適用範囲のEU子会社であり、CSRD準拠で作成したサステナビリティ報告書と保証意見を登記する義務がある。これらの企業にとって、第2法案による保証規定の改正(その(2)III-2-(5)参照)はほとんど影響がない。むしろコスト負担の軽減などプラス面が大きい。日本企業にとって、CSRD保証業務の最大の懸案事項は、提出すべき保証意見を作成する保証業務実施者の資格要件である。

 

 CSRDの保証業務実施者は、原則として法定監査人(または監査法人)であり、一定の資格要件(学歴、専門教育歴、実務研修、専門能力試験合格等)を充足して、加盟国の公共登録簿にサステナビリティ報告の保証業務実施者として登録された者しかなれない。本来、法定監査人は財務諸表の法定監査に関する会計専門家資格だが、CSRDが監査指令(2006/43/EC)を改正して、法定監査人の職務にサステナビリティ保証業務を追加した。そのため、保証業務実施者の登録には、法定監査人の専門能力試験において、会計・監査関連科目以外にサステナビリティ報告・保証関連科目にも合格する必要がある。

 

(1) 大規模EU上場企業

 日本企業が大規模EU上場企業である場合、保証意見を作成できる保証業務実施者は主に法定監査人である。日本の公認会計士・監査法人が保証業務を担おうとすれば、当該企業が上場する加盟国の公共登録簿に保証業務実施者として登録されなければならない。未登録の公認会計士・監査法人が作成した保証意見は同国で法的に無効だからである。

 

 登録条件は、EUまたは当該加盟国と日本との間に法定監査人の相互承認に関する2国間協定が存在すること、さらに、日本の会計士・監査法人が法定監査人の資格要件を充足する証拠書類を提出できることの2点である。これらの条件が整えば加盟国の所管機関が日本の公認会計士・監査法人を保証業務実施者として同国の公共登録簿に登録する。日本で公認会計士登録した者はほとんどの資格要件を充足できる。しかし、保証業務に関しては、日本の公認会計士法にサステナビリティ保証業務の認可規定がないこと、また公認会計士試験にサステナビリティ報告関連科目がないことがネックになるだろう。

 

 財務諸表監査に関してはEUとの間に相互承認協定があり、日本の公認会計士・監査法人はEUで法定監査人としての同等性を認定されている(EC, 2011)。そのため、EU加盟国で上場する日本企業の法定監査人として登録が可能である。

 

 しかし、サステナビリティ報告の保証業務実施者資格は、CSRDが監査指令に追加した規定であり、現在認められている法定監査人登録で保証業務実施者になろうとすれば、CSRDの追加要件と同等の資格要件が公認会計士法に追加されなければならない。ただし、すでに公認会計士登録している場合は、CPD制度によるサステナビリティ関連科目の受講で保証業務実施者登録を認められる可能性がある。もちろん、CPD科目はCSRDが監査指令に追加したサステナビリティ報告・保証関連科目と同等でなければならない。

 

 上記のような条件に合致しない場合は、EUが特別な優遇措置でも講じない限り、日本の公認会計士・監査法人が作成したサステナビリティ報告の保証意見はEU加盟国で法律的に有効とならない可能性が高い。

 

 ISO審査人等の保証意見に関してはハードルが少し低いかも知れない。EUでも法定監査人以外の独立した専門家(IASP)による保証業務を加盟国オプションで認めている。ただし、IASPはEU規則((No 765/2008)で認可された適合性評価機関であり、同規則の認可対象はEU域内で設立された団体に限定されている。しかし、欧州委員会が2024年11月に公表した通達によれば、本来IASPは同規則の想定した適用範囲に含まれておらず、保証業務がサービス提供業務であることから、非EU国IASPの認可スキームは「サービスの貿易に関する一般協定(GATS)」に委ねられるという(EC, 2024)。

 

 2025年4月末でIASPを容認する加盟国はフランス、デンマーク、リトアニアの3ヵ国であり(Accountancy Europe, 2025)、IASP容認の法案を審議中であるスペイン を加えても4ヵ国に過ぎない。GATSに関するそれら4ヵ国の約束(commitments)に保証業務実施者が含まれていれば、日本のISO審査人等も当該4ヵ国での保証業務を認可される可能性がある。しかし、それでもIASPを認可しない国での保証業務には関与できない。

 

(2) 第40a条適用企業 

 第40a条適用企業もEU子会社(または支店)経由でサステナビリティ報告書と保証意見を登記する義務がある。保証意見を作成する保証業務実施者は、日本の国内法またはEU加盟国(EU子会社・支店の所在地)の国内法で、サステナビリティ保証業務を認可された個人・法人でなければならない。

 

 これは、保証業務を日本の公認会計士・監査法人に依頼するか、または、EU加盟国の有資格者に依頼するかの選択である。しかし、前者は公認会計士法等でサステナビリティ保証業務に関する法的枠組みを整備しなければ難しい。後者の場合も、日本の公認会計士・監査法人は同じ理由でEU子会社(または支店)所在国での登録が困難である。そのため、CSRD準拠の保証意見を必要とするならば、保証業務実施者登録している現地の監査法人等に依頼するしかない。これでは、日本の公認会計士・監査法人が日本企業のサステナビリティ保証市場を喪失することになる。

 

 

Ⅴ まとめ

 

 オムニバスIの影響を分析する際に忘れてはならないことがある。それは、第2法案は依然として立法過程にあり、早くても年末にならないと施行されないことである。その間は現行CSRDが有効であり、2025年からは従業員数500人超の上場企業・金融機関がサステナビリティ報告(2024事業年度分)と保証意見を登記する。第2法案が国内法化されると、そのうち従業員数1,000人以下の企業には報告義務がなくなるが、現段階では第2法案が原案通り採択されるかどうかさえも疑わしい。現行CSRDの適用範囲にある日本企業は、こうした不安定な規制環境の中で、当面サステナビリティ報告と向き合わなければならないことをよく認識する必要がある。

 

 

10:

スペインは2025年4月30日現在でCSRDの国内法化を完了していない8ヵ国の1つであるが、国内法化法案(Proyecto de Ley de información empresarial sobre sostenibilidad, mediante la que se modifican el Código de Comercio, la Ley de Sociedades de Capital y la Ley de Auditoría de Cuentas. (121/000038))でIASPを容認している。)

[引用文献]

  • Accountancy Europe (2025), CSRD transposition tracker, last updated on 14/4/2025.
  • European Commission (EC) (2011), Commission Decision 2011/30/EU.
  • European Commission (EC) (2024), Commission Notice C/2024/6792.