今後のカーボンフットプリント(CFP)の算定について

 

一般社団法人日本LCA推進機構

理事長 稲葉 敦

 

1.はじめに

 

 本年(2023年)3月に、経済産業省と環境省が合同で、製品のカーボンフットプリント(CFP)の算定方法を示す「カーボンフットプリントガイドライン」を公表した。これは、2022年度に経済産業省が中心となって運営し、筆者が座長を務めた「カーボンフットプリント検討会」の議論が基になっている。

 

 近年産業界ではScope3基準による組織(企業)のGHG排出量の算定が広がっているが、そのカテゴリー1(購入した製品のCFP)の算定のために、サプライヤーに納入製品のCFPの算定を求める企業が多くなっている。Scope3の温室効果ガス(GHG)の排出量を削減するために、購入製品のGHG排出量の比較が行われることが予想されるし、2023年のグリーン購入法の改定でもGHG排出量の提示が求められている。

 

 本稿では、CFPの歴史的背景を振り返り、今後のCFP算定の活動についての所感を述べる。

 

 

2.LCAとCFP

 

 LCAでは資源の採掘から素材及び製品の製造・使用・廃棄に至る製品の一生(ライフサイクル)での環境影響を評価する。ISO14040:2006にその枠組みが示され、ISO14044:2006に実施に係わる必要事項が記載されている。その実施(LCA調査)は、「目的と調査範囲の設定」、「ライフサイクルインベントリ分析(LCI)」、「ライフサイクル影響評価(LCIA)」並びに「解釈」の4つのフェーズで実施されるが、影響評価を行わない「LCI調査」も認められている。

 

 LCAは地球温暖化による気候変動だけでなく、酸性化や湖沼や海域の富栄養化、光化学オゾンの生成など多くの影響領域を評価する。しかし最近は、カーボンニュートラルへ向かう活動として気候変動だけを評価することが多い。気候変動の評価では、LCIのフェーズでCO2、CH4、N2OなどGHGの排出量を算定し、LCIAのフェーズで地球温暖化係数(GWP:IPCCで報告されているCO2を基準とした地球温暖化への影響度を示す係数)を乗じて、CO2換算量(CO2eと表示する)を求める。これをカーボンフットプリント(CFP)と呼ぶ。CFPはGHGの排出量を求めるLCI調査と誤解されることが多いが、LCIAを含むLCA調査である。以上のように、CFPの実施方法はISO14040:2006とISO14044:2006を基礎とするが、ISO14067:2018(カーボンフットプリント(CFP))で精緻化されている。

 

 2023年のグリーン購入法の改定では、対象製品のLCAの実施を示すことになっている。したがって、GHGによる気候変動だけでなく、その製品が環境に与える主な影響領域を選定することが必要である。しかし、多くの製品では、気候変動を主要な環境影響として選定すると思われる。

 

 

3.ISOのCFP

 

 そもそもCFPは、スーパーマーケットで販売されている商品にLCAで算定したGHG排出量を表示する方法として2006年にイギリスで始まった。この時は、CFPはLCA情報の開示であるISO14025:2006に示されるタイプIII環境ラベルであると認識されていた。気候変動だけを取り上げる特殊なLCAなので、バイオマスの取り扱いなどの詳細な算定方法が必要とされ、新しいISOとしてISO14067が2013年に発行された。現在のISO14067:2018はその改定版である。

 

 したがって、ISO14067:2018のCFPはその生い立ちから、一般に公開するタイプIII環境ラベルとしての性格を持っている。たとえば6.2項の「もし製品群別の算定ルール(PCR:Product Category Rule)があれば、それを使う」という部分などである。タイプIII環境ラベルは比較に使われる可能性があるので、同じ製品群について算定ルール(PCR)を決めることが必要とされている。

 

 しかし、ISO14067:2018は算定方法の規定なので、それ以外の部分は環境ラベルと切り離されている。CFPの結果の伝達方法(コミュニケーション)は、ウォーターフットプリントと同様に、単一の環境影響の開示方法を示すISO14026:2017(フットプリント情報のコミュニケーションのための原則、要求事項及び指針)に委ねられている。

 

 

4.クリテカルレビューと検証

 

 LCA及びCFPの結果を商品に表示するタイプIIIエコラベルを取得したいと言うことであれば、それを運営する機関に申請することになる。運営機関は、PCRの作成・管理と算定された数値を検証する義務がある。

 

 LCAの結果を、タイプIII環境ラベルではなく、自社のパンフレット(CSRまたはサステナビリティ報告書と呼ばれるものを含む)などに公開することは広く行われている。このような場合を想定して、ISO14044:2006はその実施方法が規格に準拠していることを確認するクリティカルレビューの実施を推奨している。

 

 ISO14044:2006には、2種類のクリティカルレビューが示されている。通常行われるLCAのクリティカルレビューは、LCAを実施した人が行うのでなければ社内の内部で行っても良い。しかし、外部の専門家に依頼すればなお信頼性が増すと理解される。もう一つは、他社製品との比較を行う「比較主張」で行われる3人以上の外部の専門家により実施されるクリティカルレビューである。いずれも詳細な実施方法がISO14071:2017に示されている。CFPのクリティカルレビューも同じである。

 

 ここで、いずれのクリティカルレビューも、計算された数値の「検証」ではなく計算方法がISOに準拠していることを確認する「クリティカルレビュー」であることに注意されたい。数値そのものは、算定した企業が責任を持つ。

 

 

5.今後の課題

 

(1)グリーン購入法の改定の意味

 CFPの算定方法は同じでも、その使い方はには2種類があった。商品に表示したGHG排出量が比較されることが予想されるタイプIII環境ラベルと、パンフレット等での自社製品の環境情報の開示である。後者は比較を前提としていない。2023年のグリーン購入法の改定は、調達でのCFPの利用という新たな使用方法が加わったことを意味する。

 

 GHG排出量を比較する場合は、共通の算定方法(PCR)が必要となる。しかし、実際に数値を比較するためには、PCR以上に、共通の二次データが必要とされる。なぜならLCA及びCFPのインベントリ分析(LCI)では、その製品に直接かかわる素材やエネルギーの消費量を「活動量」として測定し、資源採掘から素材やエネルギーの製造までの環境負荷を算定した「二次データ」を乗じてライフサイクルでの環境負荷を算定するからである。二次データが違うとCFPの算定結果も異なる。したがって、タイプIII環境ラベルの運営者は、そのラベル運営に必要な二次データを供給する責任がある。2008年~2011年に行われた経済産業省の「CFP試行事業」でも、またEC(欧州委員会)が実施した「環境フットプリント」でも、共通の二次データが示されている。

 

 2023年のグリーン購入法の改定は、LCAの実施を示すことになっている。比較することを目的とするなら、二次データの提供が必要である。そうでなければ、今回の改定はLCAで算定した数値そのものは問わず、事業者にライフサイクルを考慮した製品開発を促すことが目的であると理解できる。欧米でも同様の趣旨の制度が行われている。今まで、各社がパンフレットに示してきた活動を、グリーン購入法として推奨するということであろう。

 

(2)Scope3基準の算定での利用

 近年、カーボンニュートラルを目指してScope3基準の算定を試みる企業が急増している。Scope3基準は「組織」全体のGHG排出量の算定方法であり、購入した素材や製品のGHG排出量(カテゴリー1)を算定に入れることを求めている。サプライヤーにしてみれば、様々な顧客からGHG排出量を開示する要求があり、それが製品の販売に係わる可能性があるとすれば、慎重にならざるを得ない。公正な競争のためには、少なくとも算定ルールは同業他社と共有すること必要になる。

 

 したがって今後は、同じ種類の製品を生産している企業が参加している「工業会等」で、算定ルールを開発し共有することが望ましい。また、ひとつひとつの製品のLCA及びCFPの算定方法を検証すると莫大なコストがかかるので、業者間の信頼に基づく情報開示・流通の仕組みを構築することが望まれる。

 

 振り返れば、これは1996年にLCA日本フォーラムが提言し、1998年から5年間行われた「LCA国家プロジェクト」の趣旨と同じである。当時は54工業会が参加し、それぞれの主要製品のLCAの実施方法を定め、それに基づいて個社が算定した結果を持ち寄り工業会の平均値を作成した。これが、今も継続的に公開されている「LCA日本フォーラム(JLCA)のデータベース」になっている。当時と異なるのは、Scope3基準の広がりにより、BtoBで個社データの開示が求められる傾向が当時よりさらに強くなっていることである。

 

 また、顧客にLCAデータを提供するサプライヤーが、さらに上流のサプライヤーに、納入する製品のLCAデータの開示を求めることになるだろう。このように、サプライチェーン全体でCFP情報の開示・流通が進むことにより、産業界全体のGHG排出量を削減することがScope3基準の本質的な目的である。

 

 (1)及び(2)のいずれも、事業者の自主的なLCAまたはCFPの算定を拡大することが目的である。その実現のためには、工業会等の算定ルールの作成と、それ基づいた算定を政府が支援する事業が必要と思われる。