EU・企業サステナビリティ報告指令(CSRD)が日本企業に与える影響

 

上智大学名誉教授

上妻 義直

 

1.CSRDの施行

 

 EU・非財務報告指令(NFRD)の改正法である企業サステナビリティ報告指令(CSRD) 1が2023年1月5日に施行された。これにより、サステナビリティ報告が義務化される会社の範囲は、NFRDよりも大幅に拡大2し、さらに広範囲かつ詳細なESG情報開示が求められることになった。

 

 指令(Directive)はEU法であるが、加盟国の国内法を超越して直接EU市民に法的拘束力を及ぼす規則(Regulation)とは異なり、加盟国での国内法化を経て発効する。CSRDの国内法化期限は2024年7月6日であるが、現在NFRDの適用を受けている会社は、2024年1月1日以降に開始する会計年度からCSRDの適用開始3となるため、すでにNFRD適用会社である日本企業の現地法人(EU子会社)も、2025年度からCSRD準拠のサステナビリティ報告を作成しなければならない。

 

 CSRD4が日本企業に与える影響はかなり大きい。同指令の適用範囲が拡大されたことに伴って、NFRDの適用範囲に含まれなかったEU子会社が新たに開示負担を負うケースが増えること、NFRDの原則的な開示規定がCSRDではより細則的になり、その開示内容に2023年6月公表予定の欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)が適用されるため、EU子会社と親会社である日本企業のサステナビリティ報告実務に大きな乖離が生じる可能性があること、財務諸表とサステナビリティ報告の開示媒体であるマネジメントレポートを単一の電子報告書式(XHTML)で作成しなければならず、サステナビリティ報告にはデジタル・タクソノミー(新たに策定予定)によるタグ付けが必要になること、さらには、財務諸表監査のように、サステナビリティ報告も原則として法定監査人5による保証6の受審を義務付けられること等、EUにおけるESG情報開示の法的枠組みは、日本の制度的規制や実務の現況とは比較にならないほど、格段に強化されている。

 

 日本企業にとって、もっとも大きな影響は、施行されたCSRDに原案7段階では存在しなかったEU域外企業(外国企業)に対する開示規定が新設されたことである。その適用対象となる場合、EUで活動する企業集団の親会社である日本企業にも、EU子会社またはEU支店経由で、CSRDの直接的な開示負担が及ぶことになる。

 

 本稿では日本企業がCSRD適用を受ける場合の適用条件と開示内容を考察する。

 

 

2. EU子会社がCSRD適用会社である場合

 

 まずは、日本企業が子会社としてEUに現地法人(EU子会社)を有し、当該EU子会社がCSRD適用会社に該当する場合である。CSRD適用会社は、すべての大規模会社(上場・非上場を問わない)と中小規模上場会社であり、零細規模会社と非上場の中小規模会社は適用範囲から除外されている。

 

 これらの会社を判別する規模基準は下表の通りである。会社の法的組織形態は条件に含まれていない。非公開会社でも、規模基準に該当すれば、CSRDの適用会社となる。

 

 

  規模基準は大規模から零細規模までの4段階に分けられており、資産総額、純売上高、年間の平均従業員数の3基準から構成されている。それらのうち2基準以上に該当する場合は当該規模の会社として認定される。

 

 たとえば、ある会社の資産総額が2000万€超で、平均従業員数が250人超であれば、その会社は大規模会社である。大規模会社は、上場・非上場に関係なくCSRD適用会社となるので、EU子会社が大規模会社に該当する場合はサステナビリティ報告の登記が義務付けられる。現在の為替レートで換算すれば、資産総額2000万€は約29億円8であり、EU域内に生産子会社を保有するような場合では、大規模会社に該当する可能性が高い。

 

 EU子会社は、独自に子会社を有するか否かによって、CSRDの規制内容が異なる。自らの子会社を持たないケースでは単体のサステナビリティ報告を登記するだけで足りるが、自らも子会社を持って独自の企業集団を支配するケース(中間親会社)では、自社単体のサステナビリティ報告以外に、中間親会社として自社の企業集団についても連結サステナビリティ報告を登記する義務がある。

 

 

3. CSRD適用のEU子会社が免除規定を適用する場合

 

 EU会計指令(2013/34/EU)では、同指令適用会社に対して、財務諸表(単体・連結)とマネジメントレポート(単体・連結)の登記を義務付けており、サステナビリティ報告やコーポレートガバナンス報告書はマネジメントレポート中に開示する。

 

 ただし、同指令適用会社(A社)が他の会社(B社)の子会社であり、A社がB社の連結財務諸表・連結マネジメントレポートで連結され、かつ、B社(親会社)もEU会計指令適用会社として連結財務諸表・連結マネジメントレポートを登記する場合は、A社(子会社)は自社の財務諸表(単体・連結)・マネジメントレポート(単体・連結)の登記が免除される。

 

 日本企業のEU子会社が同指令適用会社である場合は、この免除規定は基本的に適用されない。EU子会社が親会社の連結対象でも、親会社である日本企業がEU市場への上場等でEU会計指令の適用を受けない限り、免除規定の適用要件を充足しないからである。

 

 しかし、サステナビリティ報告の場合は、マネジメントレポートの一部であるにも関わらず、財務諸表・マネジメントレポートの免除規定とは独立して免除規定が適用できるように制度設計されている。日本企業のEU子会社が、親会社の連結サステナビリティ報告で連結されている場合には、一定の条件下で、サステナビリティ報告の登記が免除されるのである。つまり、日本企業のEU子会社が、EU会計指令の適用会社であり、財務諸表・マネジメントレポートの登記が免除されない場合でも、サステナビリティ報告は登記義務の免除対象になる場合がある。ただし、EU子会社が大規模上場会社である場合は、サステナビリティ報告の免除規定を適用できない。

 

 日本企業のEU子会社が、サステナビリティ報告の登記を免除されるためには、次の条件をすべて充足する必要がある。

   EU子会社が親会社(日本企業)の連結サステナビリティ報告で連結されている
  親会社(日本企業)の連結サステナビリティ報告がESRS(または同等のサステナビリティ報告基準9)準拠で作成されている
 

EU子会社のマネジメントレポートに次の情報を開示する

 ・親会社(日本企業)の社名・本店所在地

 ・親会社(日本企業)の連結サステナビリティ報告・保証報告書へのWebリンク

 ・EU子会社がサステナビリティ報告(単体・連結)の登記義務を免除されている旨

 

親会社(日本企業)の連結サステナビリティ報告・保証報告書をEU子会社の所在するEU加盟国の所管機関に登記する

 

④で登記する保証報告書の保証付与人(監査法人等を含む)は日本の国内法でサステナビリティ報告の保証業務が認可された者である

  タクソノミー規則((EU)2020/852)8条に従ってEU子会社が開示すべき、当該EU子会社10の持続可能な経済活動に関する情報11が、EU子会社のマネジメントレポートまたは親会社(日本企業)の連結サステナビリティ報告に開示されている

 これらの免除条件は、日本企業にとって、適用のハードルがきわめて高い。親会社である日本企業の連結サステナビリティ報告をEU基準(ESRS)または同等性を承認された基準で作成しなければならず、さらに、連結サステナビリティ報告には日本の国内法で認可された保証付与人による保証報告書を添付しなければならないからである。

 

 ESG情報のほぼ全領域をカバーするESRSは、総則(IFRS S1)と気候基準(IFRS S2)のドラフトしかできていないISSBのサステナビリティ報告基準(IFRS SX)と比べても、内容的にきわめて広範囲かつ詳細であり、高品質な報告基準に仕上がっている。そのため、ISSBは、当面の措置として、IFRS SXが未策定であるESG情報領域については、条件付きでESRSの適用を認めている12ほどである13

 

 IFRS SXが完成しておらず、SSBJによる国内基準化も進んでいない現状では、サステナビリティ報告の免除規定適用を受けるEU子会社の親会社(日本企業)は、当分の間ESRS準拠で連結サステナビリティ報告を作成しなければならない。しかし、これは一部の先進的な日本企業には対応できても、その他の大多数にとってきわめて困難な作業であろう。

 

 もう一つの難点は保証報告書である。日本の公認会計士であっても、日本にはサステナビリティ報告の保証付与人に関する資格制度が存在せず、CSRDが規定する保証付与人の資格要件を満たせない。EUでは、CSRDで監査指令(2006/43/EC)を改正し、法定監査人の資格要件にサステナビリティ報告の保証業務を付記して、保証付与人となるための教育内容や試験制度を改正した14。これに対応するためには、日本も公認会計士制度にサステナビリティ報告の保証業務を加える必要があるだろう。

 

 こうして見てくると、日本企業のEU子会社がサステナビリティ報告の免除規定を適用するのは相当困難であることがわかる。免除規定の適用を受けず、EU子会社が自社のサステナビリティ報告を作成・登記する方が相対的に容易である。

 

 しかし、そうした結果、EU子会社のサステナビリティ報告はグローバル水準になるけれど、親会社(日本企業)の連結サステナビリティ報告は品質面で到底及ばず、企業情報の透明性に関して誠実性・一貫性がない経営姿勢であると批判される可能性がある。

  

 

4. 日本企業の連結サステナビリティ報告書が登記・公開を義務付けられる場合

 

 CSRDでは、EU市場で一定規模の活動を行うEU域外企業(日本企業を含む)に対して、2028年1月1日以降に開始する会計年度から、連結サステナビリティ報告書・保証報告書の登記・公開15を義務付ける規定(40a条義務規定16)を新設した。EU域外企業が企業集団を構成しない場合は単体のサステナビリティ報告書を登記・公開する。

 

 40a条義務規定の設置目的は、EU域外企業の事業活動が環境・社会に与える影響を開示させると共に17、EU市場で活動する欧州企業と同等の開示負担を負わせるることで、EU市場での公正な競争条件を確保することにある18

 

 40a条義務規定の適用を受けるのは、EUに子会社または支店を有し、EU市場における直近2年度の連結純売上高がいずれも1.5億€(約216億円)を超過するEU域外企業である。ただし、当該企業の連結サステナビリティ報告書を登記・公開する義務は、そのEU子会社またはEU支店にある。

 

 登記・公開の義務を負うEU子会社とは、CSRD適用会社である大規模会社または中小規模上場会社であり、CSRD適用会社であるEU子会社が存在しない場合には、前年の純売上高が4000万€超のEU支店が、この規定の登記・公開義務者となる。

 

 つまり、日本企業のEU連結純売上高が2年連続で1.5億€超であっても、CSRD適用会社となるEU子会社が存在せず、また、純売上高4000万€超のEU支店が存在しなければ、この規定の適用を受けないで済む。

 

 しかし、40a条義務規定が適用されるケースでは、EU子会社は自社のサステナビリティ報告(連結・単体)を登記するだけでなく、親会社である日本企業の連結サステナビリティ報告書も登記・公開しなければならない。

 

 EU域外企業の連結サステナビリティ報告書は、原則として、欧州委員会が2024年6月30日までに委託法令(delegated act)で制定予定の、EU域外企業向けサステナビリティ報告基準(40b条報告基準19)に準拠して作成しなければならない。40b条報告基準は、40a条義務規定に従ってEU域外企業が登記・公開する連結サステナビリティ報告書の開示情報を特定するための基準である。なお、40b条報告基準ではなく、ESRSまたは同等のサステナビリティ報告基準9に準拠して作成することも認められている。

  

 40a条義務規定の連結サステナビリティ報告書は開示情報を図表2のように構成する。

 

 40a条義務規定に適格な連結サステナビリティ報告書(またはその作成に必要な情報)を、親会社であるEU域外企業がEU子会社またはEU支店に提供しない場合、EU子会社またはEU支店は、親会社に対して、当該報告書(またはその作成に必要な情報)の提供を要求しなければならない。また、作成に必要な情報の一部が入手できない場合は、EU子会社またはEU支店が手持ちの情報で連結サステナビリティ報告書を作成し、親会社が情報提供しない旨の告知書と共に登記・公開する。

 

 40a条義務規定の連結サステナビリティ報告書に関する保証報告書も、その保証付与人はEU域外企業の国内法で保証業務を認可された者でなければならない。もし、親会社が保証報告書を提供しない場合、EU子会社またはEU支店は、その旨の告知書を発行することが義務付けられる。

 

 そもそも日本企業の場合は、国内にCSRDと同等な保証付与人の資格制度が存在しないので、国内専門家による連結サステナビリティ報告書の保証報告書は有効でない可能性が高い。その場合、EU子会社またはEU支店は、前述の告知書を登記・公開するか、または、EU域内の会計士等に再度保証意見を依頼するしかない。

 

 ちなみに、欧州委員会は、40a条義務規定に従って連結サステナビリティ報告書を登記した域外企業リストをWebサイトで公開することになっている。

 

 

5. 終わりに

 

 CSRDは日本企業とって外国法であるが、EU市場で一定のプレゼンスを有する場合、日本企業にも開示負担が及ぶ。CSRD適用となるEU子会社やEU支店から泣きつかれても、日本ではCSRDに関する情報があまりにも少ないので、親会社は対応に苦慮するかもしれない。2023年後半に制定予定のEU・CSDDD(大半の企業に人権・環境デューディリジエンスを義務付ける「企業サステナビリティDD指令」)と共に、EU市場で活動する日本企業は、それらへの対応を十分に練っておく必要がある。

1:

CSRD((EU) 2022/2464)は、NFRDと同様に、企業情報の開示・監査を規定する会計指令(2013/34/EU)、監査指令(2006/43/EC)および関連法令を改正するための法令である。

2:

適用範囲は約11,000社(NFRD)から約50,000社(CSRD)に増加した。(https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_21_1804).

3:

CSRD Article5(2)(a)(i).

4:

CSRDの規制内容については、当コラム第31回「EU・企業サステナビリティ報告指令の影響」を参照されたい。

5:

CSRDは、財務諸表監査以外に、サステナビリティ報告の保証も法定監査人(監査法人を含む)の業務として定めている(CSRD Articl1(13)(a)(ii))。そうすることがサステナビリティ情報の信頼性向上や財務情報とサステナビリティ情報の接続性・整合性の確保に役立つからであり、さらに監査品質の向上にも繋がるからである(CSRD Recital(61))。しかし、法定監査人の独立性リスクや監査市場の逼迫リスク等を勘案して、一定の資格要件を満たす場合には、法定監査人以外の保証付与人がサステナビリティ報告の保証業務を行うことを認めている。また、財務諸表監査を担当しない法定監査人をサステナビリティ報告の保証付与人として容認することを、加盟国選択権として認めている(CSRD Articl1(13)(c))。

6:

当面は限定的保証であるが、欧州委員会は、2028年10月1日までに合理的保証基準を策定し、財務諸表監査の保証水準と同等になるように、サステナビリティ報告にも合理的保証の受審を義務付ける意図を明確にしている(CSRD Recital(60))。.

7:

COM (2021) 189 final.

8:

2021年1月2023年2月26日現在の為替レート(1€=約144円)で換算。

9:

欧州委員会が、透明性調和化指令(2004/109)EC)23条4項により、ESRSとの同等性を承認したサステナビリティ報告基準のこと。

10:

EU子会社が企業集団を支配する中間親会社である場合は自社の子会社も含む。

11:

タクソノミー規則で環境的に持続可能な経済活動に分類される事業活動の内容・範囲、とくに、環境的に持続可能な経済活動から生産された1)製品・サービスの売上高比率、環境的に持続可能な経済活動に関連する資産に占める2)資本的支出(CAPEX)の割合、3)営業費用(OPEX)の割合に関する情報。

12:

GRIスタンダードの適用も認めている。

13:

https://www.ifrs.org/news-and-events/updates/issb/2023/issb-update-february-2023/#1.

14:

CSRD Article(3).

15:

公開とは、EU加盟国で登記された連結サステナビリティ報告書・保証報告書・告知書の謄本等が無料で入手できるか、それができない場合は、貸借対照表日から1年以内に、EU子会社またはEU支店のWebサイトで当該書類を公表させることをいう。

16:

CSRDにより、EU会計指令40a条として登記・公開義務を定めた規定なので、「40a条義務規定」と略称する。

17:

CSRDでは、NFRDと同様に、二元的重要性(double materiality)がESG情報開示の基本原則になっている。そのため、サステナビリティ報告にあたっては、1)報告企業の事業活動が環境・社会に与える影響、2)サステナビリティ課題が報告企業の財務に与える影響を共に開示しなければならない。

18:

CSRD Recital(20).

19:

CSRDにより、EU会計指令40b条として制定が定められた基準なので、「40b条報告基準」と略称する。